「その、トクボウレンというのはなんですか?」
「・・・警視庁管内特殊暴力防止対策連合会の略で・・・」
と岡川はよどみなくスラスラと言う。
「社団法人で、東京都知事が所管しているけど・・・警視庁の天下り団体で・・・」
 岡川はタバコを吸い始めた。手の中で青い百円ライターを転がしている。指の背の毛が異様に濃くて長い。タバコの吸い口を親指の爪ではじいて灰を灰皿に落とす。紫煙が岡川の目を直撃し、岡川が煙そうにへの字に眼を細める。土岐も顔をしかめる。
「・・・先日、金井泰三というのがここにやってきて」
 土岐は手にしていたコーヒーカップをテーブルの皿の上に置いた。
「その金井タイゾーというのは、どういう人物ですか?」
「会長の仕事の手伝いをしていたとかで。会長のお嬢さんのご亭主のポンユウみたいです」
 土岐は手帳に、〈金井タイゾー・金田民子の夫の親友〉と書き込んだ。
 窓外を証券マン風の男たちが時折通り過ぎる。背広にネクタイを締めているが、大手町あたりを歩いているサラリーマンとはどことなく違って、その風情に崩れを感じる。いずれも活気のないどんよりとした表情をしている。岡川の表情も終始、曇天模様だ。
「会長は、来られたときは何をしていたんですか?」
「東証で開催される上場企業の会社説明会に良く出ていました」
「それは、誰でも出席できるんですか?」
「資格があると思います。還暦を過ぎてから、財団法人証券アナリスト組合の認定会員に合格して、・・・最高齢だったんで、ちょっと話題になったことがあったようですけど」
 土岐のコーヒーカップが空になった。
 岡川はミルクコーヒーのようになったブレンドを舐めるようにして呑んでいる。
 土岐は、情報が殆ど得られないことに苛立っていた。岡川が意図的に情報を秘匿しているようにも感じられた。
 岡川がコーヒーを啜って飲み干した。
 もう一杯注文しようかどうか躊躇したが、土岐にはそれ以上の質問の玉がなかった。所詮、コーヒー一杯で情報を引き出そうという心根が卑しいと土岐は自嘲した。
 岡川は土岐が内心に向けた嘲笑を怪訝な面持ちで見据えた。不快な表情を隠そうとしなかった。しばらく、どんぐりのような眼で土岐の顔をまじまじと睨みつけていた。
 土岐はすまなさそうに頭を下げた。黒いテーブルに置かれたレシートを摘み上げた。