法蔵飛魂

「・・・糸魚川の家を処分して、バリアフリーのアパートを借りて三人で暮らします。祖父と母の年金とわたしの給料で何とかやっていけます。・・・それに祖父のリューマチはそれほどの重症ではないんです」
と言う仁美の口調にはこれまでの人生の苦難と持って生まれた利発さがにじみ出ている。そう言う仁美に土岐は抱きしめたくなるようないとおしさを覚える。
「そんなことを言わないで、受け取ってくれ。あなたには受け取る権利がある」
 土岐の申し出を仁美は聞いていない。
「・・・それに、母が廣川弘毅の娘であることがDNA鑑定で分かれば、少し遺産を分けてもらえるかも知れないし・・・」
「それは、お母さんの当然の権利だ。DNA鑑定の手配はぼくにまかせてくれ」
 そこにコーヒーが運ばれてきた。コーヒー豆を焙煎したアロマが、土岐の鼻の奥をくすぐる。
 仁美は店員の姿が見えないかのように、ストッププモーションのように土岐に向かって横に首を振り続けた。それを制止するように土岐が言う。
「わかった、それじゃ、このカネで、君が組み立てたプラモデルの飛行機を買いたい」
「・・・なんで、そんなこと知っているの?」
「双葉さんから聞いた」
「・・・あのプラモデルは貰ったものなの。売り物じゃないの」
「でもいいよ。売ってくれ」
「・・・売りたくない」
「そんなに大切な人から貰ったものなの?」
「・・・パイロットから貰ったの。・・・自分が操縦している飛行機だって・・・国内線だけど・・・」
 仁美の眼が土岐の眼の動きを伺っている。土岐は思わず目をテーブルに落とした。
「彼氏だったのか」
「・・・でも、祖母や母のことを話したら、会ってくれなくなった」
「それで飛行場に飛行機を見に行ったのか」
 仁美の目線が一瞬鋭くなった。〈何で知っているの?〉と言いたげだ。すぐもとの柔らかな瞼に戻った。双葉智子が話したと気づいたようだ。
 土岐はため息を吐いて、しばらく、沈黙した。
「それじゃ、おじいさんの骨董品を買わせてもらおう。それなら、いいでしょ?」
 仁美はなにも答えない。
 土岐はポケットからサイコロを取りだして、仁美に見せた。