法蔵飛魂

 前回同様、三十分ばかり準備練習した後、ゲームを始めた。メンバーは前回と同じだった。違ったのは仁美の態度だった。自分がミスをするとパートナーに謝り、パートナーがエースを決めると、弾んだ声で、
「・・・ナイスショット」
とほめた。
 土岐には全く別人に見えた。薔薇の棘のように体中から突き出ていたよそよそしい態度が、ビロードのような温かで滑らかな態度に変わっていた。顔も体も一週間前と全く変わっていないのに、土岐の目にはこの上もなく愛らしい女に見えた。
 練習が終わった後、土岐は仁美を喫茶店〈インサイダー〉に誘った。双葉智子も付いてきたので、店の前で目配せして、帰ってもらった。
 仁美がバッグを小脇に抱えて、フード付きの撥水コートを着たまま席に着くと、
「・・・九時までですけど、いいですか?」
と中年の女店員が聞いてくる。
 デジタル時計を見ると、八時半になるところだった。アメリカンコーヒーを注文して、店員が去ると、土岐は百万円の入った茶色の紙袋を仁美にぎこちなく差し出した。
「これを受け取ってほしい」
 仁美は、〈・・・なあに?〉というような眼をして、顎を引いて紙袋の中を覗き込んだ。仁美の視線が、瞬きをした後、硬直した。
「・・・こんなもの、受け取れません」
と責めるような目線で土岐を捉える。
 土岐は縋るような面差しで言う。
「お願いだ。受け取ってほしい」
 仁美はやんわりと断る。土岐を傷つけないようにという思いやりが感じられる。
「・・・受け取る理由がありません」
 土岐には仁美の思いが分かる。分かってもなお、言わずにはいられない。
「だって、民事裁判で、事故の現場を目撃していないと証言したら、USライフからの介護保険金は停止するでしょ。船橋法典の特養ホームの入所費用が払えなくなるでしょ」
「・・・大丈夫です。こんなものを貰わなくても、裁判では本当のことを話します。母は特養ホームから出して、引き取ります」
 仁美が躊躇しているのはカネの出所らしいことは土岐にも推測できる。しかし、土岐にはそれが言えない。カネの出所を言わないで仁美に受け取らせることは困難だと土岐は感づいてはいるが、言えばなおさら仁美は受け取らないだろう。
「引き取るって、あなたが会社に出たらだれが面倒をみるんです?」
「・・・祖父が見ます」
「おじいさんだって、リウマチで身動きできないんでしょ」