と土岐はそっけなく答えた。岡川の不服そうな思いが歩き出した肩の線に現れた。傘もささずに小糠雨の中を黙って歩いて行く。振り返ろうともしない。路地の交差点で立ち止まったところで、土岐が追いついた。土岐は持っていた傘の半分を岡川の上にかざした。
 通りの向こう側に立ち食いそば屋の安っぽい看板が見えた。交差点を渡った。
 土岐は岡川の前に立って自販機に千円札を突っ込んだ。土岐は同じものを二つ選んで、食券と畳んだ傘を持ったまま、空いているカウンターに歩み寄った。
 カウンターは十人も並べばいっぱいになる。先客が五人ほどいた。自販機に後から来た客が二人並んでいる。満員になる勢いだ。
 一分もしないで出てきたとろろと盛りそばと生卵と炊き込みご飯をかきこむと食券を持って背後に並んでいるサラリーマンたちを掻き分けて、土岐は外に出た。傘は畳んだままだ。あとから来た岡川に声を掛けた。
「お茶でも飲みましょうか?」
 岡川の指差す方角を見ると、〈インサイダー〉という看板を歩道に突き出している喫茶店が見えた。開示情報社が入っているビルの隣だ。
 二人でその店に入った。雨空のせいもあって、店内は異様に暗かった。照明は大きな窓から差し込む外光だけだ。ホットコーヒーを二つ頼んだ。
 ホットコーヒーが来た。岡川はガラスの器のグラニュー糖を三杯入れた。土岐がブラックで飲み始めると、陶器のミルクさしのコンデンスミルクを溢れそうになるまでコーヒーカップに注いだ。
 岡川はカフェオレのように白っぽくなったコーヒーを口に運んだ。上唇に薄らとミルクがこびりついている。それを見届けて土岐は質問した。
「会長は、自殺しそうな人ですか?」
「すくなくとも、先々週までは自殺しそうな人ではなかった、ということになるでしょ」
 岡川の口ぶりから、廣川弘毅との人間関係は良好であったとはうかがえない。死んで日もないというのに、死者を鞭打つところまでは言わないまでも、しんみりとした口調がまったく聞けない。
 土岐は話題を変えた。
「株付けした上場企業の総務に行って現金を受取っていたんですか?」
「・・・いやあ、株付けしたら、株主名簿に証拠が残るでしょ」
「株を持っているだけなら、商法違反にはならないでしょ」
「警察のマル総担当に情報を握られる。特暴連のブラックリストに名前が記載される」