用意された黒いムートンのスリッパを引っ掛けて、導かれるままに、白い固定電話の傍らの左手の応接室にはいった。すぐ部屋を見回した。こぢんまりとしている。八畳ほどのスペースに黒革のソファーと海老茶のセンターテーブルの応接セットがあった。庭に面した窓の下にSPレコード用のターンテーブルが、十インチほどの黒いスピーカーに挟まれて置かれていた。
 女は少し遅れて、コーヒーカップとフルーツケーキを持って現れた。ガラステーブルにそれらを並べて、センターテーブルと同素材の段違いで幅違いの褐色の書棚を背に、
「・・・改めまして、わたし、廣川加奈子と申します」
と土岐に手のひらでソファーをすすめる。きつい香水の匂いが土岐の鼻腔に突き刺さる。
「で、ご用件は?」
 加奈子はすぐには答えない。返答を考えている風情はない。ゆっくりとソファーに腰掛け、白いなま足を組む。ベージュのスラックスがベージュのフレアースカートにはき替えられている。
 加奈子はドアを背に土岐の前に座って、コーヒーをブラックのままひとくち含んだ。白金のネックレスが縮緬のような輝きを見せて、二重になりかけた顎の下で揺れる。
「・・・じつは、・・・先日、・・・主人が殺されまして・・・」
と聞いて、砂糖をいれていた土岐の手がスプーンごと止まった。土岐は厚く化粧されて皺の目立たなくなっている女の顔をあらためて真正面から見上げた。加奈子が言う。
「・・・その犯人を、捜してもらいたいんです」
 土岐は再びスプーンを回し、コーヒーの琥珀にクリ―ムの白い渦を描いた。それからコーヒーを少し口に含み、飲みかけた有田焼のコーヒーカップをテーブルに下ろした。
 加奈子は卑猥なほど白いなま足の膝を大胆に高く上げ、足を組み直した。グロスで艶やかに光る唇をすこし尖らせるようにして話し出した。声のうらおもてに憤懣が漂っている。
「数万人の足に影響があったとか・・・そうですか・・・ご愁傷様です」
と言いながら、加奈子の表情を上目づかいでうかがう。ファンデーションで皺の目立たない顔には張りがあり、喪中のやつれをまったく見出せない。
「もう少しお話をうかがってから、・・・それによって、事前調査させてもらえますか?」
と言いながら、土岐は報告書が完成した時のイメージを描こうとしていた。
「死亡保険金の問題ですか?」