法蔵飛魂

「・・・どうかな。かりに、二審に進むとしても、その頃には長瀬啓志は紫綬褒章を受章している。長瀬は新聞ネタにならないように傍聴券をアルバイトでも雇って独占するかも知れない。他に目撃者がいたとしても、報道されなければ裁判には気付かないだろう。・・・事件は日々起きている。ジャーナリズムも古いことには興味を持たない。・・・例の男子学生の目撃はおれが抑え込んでいる。あの証言が使われると、長田賢治が実行犯になりかねない。それは、見城仁美に入れ込んでいるあんたの本意ではなかろう。・・・刑事告訴された場合、長田賢治は未必の故意を問われるかも知れない。くだんの男子学生は廣川弘毅が、『はっきりとではないんですが、なんとなく杖で突き落としたように見えた』と言っている。かりに、長田賢治が廣川弘毅を救うために伸ばした杖を引っ込めたとしても、引っ込めたこと自体が未必の故意になる。公序良俗からすれば長田賢治には廣川弘毅を救う義務がある。長田はそれをしなかった。しかも、長田が無二の親友であった三田法蔵の殺害を画策したと思い込み、片思いしていた平井圭子を闇金の力で奪い去られたことに対する恨みという動機がある。担当の刑事や検事が金井泰三を実行犯としてストーリーを描くか、長田賢治を実行犯としてストーリーを描くか、・・・それ次第だが・・・ストーリーはいかようにも描ける。金井泰三だって実行の直前で躊躇し、思いとどまった可能性だってある。押したことは押したが、そこに逡巡があった。背中を押した相手が長田賢治であれば、転落しなかったかも知れない。廣川弘毅が転落したのは、足の指がなくて、踏ん張れなかったからだ。あるいは、金井泰三は長田賢治を殺害しようとしていたのかも知れない。背後から押そうとした時に、廣川弘毅が杖を落とし、長田賢治がそれを拾おうとして屈んだ。そのはずみで、押そうとした手が、長田賢治ではなく、隣の廣川弘毅の背中を突いた。だから、学生の証言によれば、廣川弘毅は金井泰三を確認して、とっさに、『なぜだ』というような表情をした。その廣川弘毅のその瞬間の思いは、『なんで、おれなんだ。殺すのは長田賢治じゃないのか』ということだったのかも知れない。・・・いずれにしても、その百万円を返却しないのであれば、この事件を荒立てるとすると暗黙の約束違反になる。あんたの身に危険が及ぶかも知れない。われわれと長瀬グループが相互に