法蔵飛魂

「・・・いまさら告発してもしょうがないだろう。一応、やっこさんのアリバイはとった。廣川弘毅が轢死した例の時刻に『金田義明と一緒に菊名の店舗にいた』ということだそうだ。金田も口裏を合わせている。しかし、菊名の店舗の事務員の話では、『午後5時に店舗を閉めるまで金井さんは午後はずっといませんでした』ということだそうだ。この証言をぶつけてみると、金井は、『午後五時を過ぎてから事務員とすれ違いで店舗に入りました』と言っている。しかし、向かいの中華料理店のバイトのウエイターの話では、『午後5時以降は、たぶん店舗は閉じられたままでした』と言う。この証言に対して金井は、『店舗奥の6畳間で金田と二人で酒を飲んでいました』と言う。『だから表の店舗は閉じたままでした』ということだ。金田の方は不在証明ではなく、存在証明が被疑者の金井の証言だ。金田が菊名の店舗にいたという存在証明がない。金田の自宅は東武東上線の志木にある。マンションの一室だが、両隣りの主婦にもあたってみたが、彼女らは、『金田さんが自宅にいたかどうか分かりません』と口をそろえて言う。ただ右隣のきゃぴきゃぴした主婦が、『その日の夕方、買い物帰りにマンションから出てくるある女を見かけました』と言っている。その女は以前、金田の部屋から出てきたところを見かけたことがあるそうだ。その日に見かけたのはマンションの玄関から出てきたところだが、『多分、それまで金田の部屋にいたのに違いないんじゃないかしら』と言う。風体を聞くと佐藤加奈子を思わせる。金田と加奈子はなさぬ仲だから、加奈子が合鍵を持っていて一人で金田のマンションにいて出てきた可能性もなくはない。しかし、そのとき金田は自室にいたと見るのが自然だろう。このことを加奈子に雇われている大日本興信所の澤田に確認したが、やっこさん、吐かない。三文探偵ごときが、『礼状をお持ちにならなければ、クライアントの秘密は守秘義務がありますので』とほざきやがった。そこで金田が廣川弘毅殺害時刻に自宅にいたとすれば金井泰三のアリバイは崩れる。と同時に佐藤加奈子と金田義明の密会がばれる。金田は民子との離婚訴訟で不利になる。加奈子は廣川弘毅の遺産相続で不利になる。お前さんへの調査費用の支払いが困難になるかも知れない。それでもお前さん、刑事告発するかい?」