法蔵飛魂

と言って、十一時過ぎに自宅事務所を出ることにした。篠原税理士事務所はネット検索で住所を確認した。
 土岐は、品川駅で山の手線に乗り換えて大崎、五反田、目黒、恵比寿、渋谷、代々木、新宿、新大久保、高田馬場、目白を経て池袋駅で降りた。東口から飲食店街を抜けて、雑居ビルの三階に篠原税理士事務所はあった。厚い雲に陽がかげって薄暗くなった窓一面に事務所名が一文字ずつ張り付けられている。名前は目立つが、金をかけていないことがすぐわかる。
 土岐は、小さなエレベータで三階に着くと、降りたところにある事務所のドアを開けた。
「こんばんは、・・・」
 ワンルームの十八畳ほどのスペースだ。入ってすぐカウンターがあり、その上にプリンターが置いてある。窓際に四人掛けの小さな応接セット、中央に向かい合わせに事務机が二つある。中年の女事務員一人とワイシャツにネクタイを締めた中肉中背の男が一人座っている。
 男が、土岐の顔を見て立ち上がった。
「・・・トキさんですか?」
「はい、城田簿記学校の西川さんの紹介で参りました」
「・・・西川俊介先生ですか?」
「いいえ、西川秀介さんの紹介です」
「・・・ああ、そうでした。秀介でした。・・・まあ、こちらへ・・・」
と言いながら篠原は土岐を窓際に誘導する。土岐は奥のソファーを勧められた。座りながら、名刺を手渡した。篠原の名刺と交換した。
「・・・西川先生のご紹介で、・・・どんなご用件で?」
 用件を切り出す前に、篠原がどういう人物か品定めする必要がある。
「西川先生ということは、篠原さんは西川さんの生徒さんだったんですか?」
「・・・ええ、日商簿記の一級の授業を受けました」
と言いながら篠原は土岐の名刺を見ている。
「でも、西川さんはいま城田理事長の秘書をされてますよね。簿記はもう教えられていなんですか?」
「・・・城田簿記学校の講師は、基本的に合格したばかりの生徒が務めることになっています」
「へーえ、合格したばかりでよく教えられますね」
と土岐は有益な情報を引き出すために、篠原の話に驚いて見せる。