ドアを開けて中に入ると三十平米ぐらいの洞窟のような事務室の中央に中年の女がこちら向きに座っていた。
 中年の女はすぐ横に顔を向けた。その視線の先に六十歳前後の陰の薄い男が、バックナンバーのぎっしり詰まった鼠色のスティール製の書架を背にうずくまるように座っていた。どんよりとした眼で、土岐のスニーカーの足先から不揃いにカットされた頭髪を見て、品定めをしている。それから初老の男は立ち上がった。古びた薄鼠色のスティール机の前に立つと名刺を差し出した。
〈開示情報編集・発行人 岡川桂〉
 土岐は傘を壁に立てかけて、名刺交換に応じた。
 岡川は怪訝そうに壁に立てかけてあった海老茶の折りたたみ椅子を押し広げて土岐の前に出した。来客があった時の一連の動作のように見えた。ドアを背に土岐がそれに腰掛けると、自分のキャスターつきの肘かけ椅子を引っ張って来て、土岐の前に座った。
 中年の女の視線を挟んで、土岐と岡川は対峙した。
「会長の死因を調査して欲しいという奥さんの依頼で来ました」
「・・・海野刑事には全部話したけどなあ・・・」
と岡川は中年の女の同意を求めるように軽度の斜視の眼を向けた。その眼が、机の下の女のむくんだように太い足を舐めるようになぞる。それからアナログの腕時計を覗き込む。すこし顎を引いたので河童のような頭頂部のハゲが丸見えになった。
「そろそろ、十一時半か・・・十二時なると込むんでね・・・とりあえず、外に出ますか?」
と同意を得るでもなく、ふわっと立ち上がった。肘かけ椅子に敷いてあるせんべいのようなこげ茶の座布団がずり落ちそうになっている。土岐が立たないとドアが開かない。土岐は自ら椅子を畳み、壁に立てかけて岡川を見た。
「運転手をされていた方の連絡先を教えていただけると、ありがたいんですが・・・」
 岡川が中年の女に目線を送り、尖ったあごをしゃくった。女はメモ用紙に、何かを書きこむと土岐に差し出した。〈武井孝〉という名前の下に電話番号と川崎市の住所が書かれていた。
 それを受取ると土岐は部屋の外に出た。後ろから岡川にせきたてられるようにしてコンクリートの階段を下りて行った。土岐が傘をさして兜町の路地に出ると岡川が言った。
「・・・いつも昼は立ち食いですませるんだけど・・・」
「朝めしが遅かったので、立ち食いで結構です」