法蔵飛魂

「・・・まあ、あんたやおれの場合は、まったく手が届かないから欲しいとは思わんだろうが、ちょっと策を労すれば手が届くとなれば、どうしても欲しいと思うもんじゃないかな。今回の事件のもう一つの発端は平成十五年に褒章の一般推薦制度が始まったことにある。それまでは政府の諮問委員を長くやっていたとか、公職についていたという経歴があると、賞勲局の役人が勝手に推薦してくれていた。政府の諮問委員の手当てなんかわずかなものだから、御苦労さんという側面もあった。褒章の欲しい人からすれば、安い手当てでも諮問委員を率先してやりたいというモチベーションになる。・・・最初に馬田重史が廣川弘毅の画策で、久邇頼道の推薦を受けて紫綬褒章を受章した。戦中戦後のスパイ行為や闇行為は、調べたのかどうか知らないが、結果的に不問に付された。馬田自身は公職を意図的に避けてきたという経緯がある。しかし、自分と比較すると大したことのない財界人が政府委員を委嘱されたという経歴で、受章していることを面白く思っていなかったのだろう。つぎに、船井肇が同じように廣川弘毅が描いた絵図にしたがって久邇頼道の推薦を受けて、紫綬褒章を受章した。商売上、箔がつくという思惑があったのかも知れない。そうなると、長瀬啓志も廣川弘毅にそそのかされて自分も受章して当然と思うようになった。久邇頼道が推薦者となり、すでに受章した馬田重史と船井肇が賛同者となれば、受章は間違いないと踏んだのだろう。しかし、そこで長田賢治が登場し、その影に長瀬はおびえた。そのおびえを玉井要蔵経由で金井泰三が察知した」
「どっちにしても、海野さんのおかげで、枕を高くして寝られなくなりました」
「・・・いやあ、おれの読みでは、あんたの口を封じるために、連絡という形をとらない連絡があるはずだ。それは、ここ二、三日のお楽しみだ。どっちにしても、外に出ない方がいいな。連絡とは言えない連絡のようなものがあるはずだから、蒲田の事務所で待つしかないだろう。・・・いまごろ、玉井と長瀬が謀議しているはずだ。さっきまで、尾行していた人間も、この店の前で消えたようだから・・・」
「しかし、三田法蔵の同期の堀田は陸軍と決起する計画があったことは言ってなかった」
と土岐は思い出したように言う。
「でも海野さんは、この事件の解明にはあまり積極的でないと感じていましたが・・・」