法蔵飛魂

「・・・廣川弘毅は陸軍と海軍の二重スパイだった。やつは戦後も、その影を引きずっていた。おれと馬田と船井は和平工作をやっていた関係で、GHQから優遇を受け、しばらくの間、久邇政道を頭目として防共の諜報活動をやっていた。軍部の隠匿物資を久邇商会を通じて横流ししたが、私的に遊興するためでなく、馬田の提案で、すべて戦後の日本経済の基礎造りに活用した。廣川弘毅はダニみたいなやつだった。われわれの活動を知って、途中から参加してきた。やつは陸軍の隠匿物資を持ち込んできたので、われわれもやつを利用した。しかし、それが腐れ縁となった。われわれは早々に怪しい活動からは足を洗ったが、やつは総会屋のような裏稼業を始めて、われわれをやんわりと脅すような姿勢を見せた。われわれはやつの影におびえ続けた。そんな折、長田某が突然、現れた。『学僧兵』という小説をおれは読んでいないが、どうもその長田某と三田法蔵をモデルに書かれているらしい。戦時中、二人は兄弟以上の関係にあり、小説の中で、頻繁に手紙のやり取りをしている。それが、真実に近いとすれば、三田法蔵が握った情報は長田某に流れている可能性がある。長田某が、三田法蔵を殺害したのは廣川弘毅だと信じ込んでいることに廣川はおびえていた。小説の中の二人の関係が真実であるとすれば、長田某が廣川弘毅に復讐することは十分に想像されたからだ。・・・これは余談だが、八十を過ぎた今でも、二十代までの記憶は鮮明だ。年を経るごとに直近の記憶は希薄になって行く。殺人の動機が六十年前にあるとしても、何の不思議もない。廣川弘毅の死が殺人であるとすれば、容疑者はその長田某だろう。・・・話はそれだけだ」
 うつむいて聞いていた海野が長瀬の顔を見上げた。