「・・・じゃあ、真実を話そう。昭和二十年七月、上官の命令で、三重海軍航空隊に急遽教官として赴任した。当時所属していたのは、海軍の秘密機関で、陸軍の中野学校と違って、その記録はどこにも残っていない。久邇政道海軍少佐の特務機関だった。昭和十八年ごろから、日米の早期和平の工作活動を行っていた。七月末ごろ、ポツダム宣言の受諾は不可避的になってきていたこともあって、軍部の暴発を未然に防止するというのが、あらたな任務となっていた。当時、三重海軍航空隊では、一部の若手士官が陸軍と結託して、徹底抗戦を画策しているという情報が入って来た。それで、急遽、香良洲に着任することになった。実際そうした動きを捉えたので、謀議に加わるふりをして、徹底抗戦の計画をつぶしにかかった。三田法蔵は最年少のメンバーの一人だった。結局、謀議の壊滅に成功した。三田法蔵はそのあとの軍法会議での訴追を恐れたのか、あるいは、謀議計画の破綻に絶望したのか、・・・あれが、自殺だとすれば、動機はそんなところだろう。事故だとしても、グライダーは原形をとどめないほどに破損していたから、原因は究明できなかった。もう少し、時間をかければ、あるいは原因を解明できたかも知れないが、終戦直後の大混乱で、うやむやになってしまった。終戦の詔勅のあと、首謀者だった竹前岬は皇居の方角を遙拝して浜辺で割腹自殺している。そういう謀議のあったことを知っている者はいまでは殆どいない・・・廣川弘毅の死については何も知らない」
土岐が床のアラベスク文様の絨毯に眼を落して、ぽつりと言った。
「死人に口なしか・・・戦後の廣川弘毅との関係はどうなんですか?」
土岐が床のアラベスク文様の絨毯に眼を落して、ぽつりと言った。
「死人に口なしか・・・戦後の廣川弘毅との関係はどうなんですか?」


