法蔵飛魂

「・・・これだけ警備がしっかりしていれば、外から暴漢に押し込まれることもないだろうな」
 踏み込んだエレベーターの箱にふんわりと揺られながら、海野はため息を吐いた。
 土岐は豪勢な雰囲気に圧倒されている。
「わたしは、どうしていればいいんですか?」
「・・・マスコミ関係の担当と言うことで、話を合わせてくれ」
「マスコミ関係?」
「・・・そっちの方の担当ということだ。イメージとしては雑誌のトップ屋かな」
「・・・はあ・・・?」
と言ったものの、土岐には意味がよくわからない。
 海野は身震いしている。
「・・・どうもすっきりしないな。なんとなく、胸の座り心地が悪い」
 17階はペントハウスだった。吹きさらしのエレベーターの出口から右手の東京湾をとり囲む夜景と左手の銀座の夜景が一望できた。髪を乱す風が土岐の襟元をかすめた。
「へーっ、最上階はエレベーターホールがないんですね」
 土岐は感心したようにつぶやいた。
 4号室はエレベーターを出て、外廊下を左に進んだ右奥にあった。手すりはあるものの道路を走る自動車が豆粒のようで高所の恐怖に足元がわずかにすくんだ。
 海野がアルコープの奥の黒いインターフォンを押した。
「・・・どうぞ、あいています」
と言う落ち着いたしわがれ声が聞こえた。
 海野はドアを引いた。玄関は三畳間程の広さがあった。エントランスと同じ黒い大理石がはめ込まれていた。靴箱の下に間接照明があり、足元が異様に明るく感じられた。
 廊下の奥の照明を背に受けて、老齢の男がホームウエアの上にガウンを着て、白いムートンのスリッパをはき、両手を錦織のガウンのポケットに突っ込んで仁王立ちになっていた。
「・・・茅場署の海野さん?」
「・・・そうです。長瀬さんですね?」
「・・・そうだが、そちらの方は?」
と長瀬が土岐に視線を向ける。
「土岐と申します」
と言いながら土岐は名刺を出した。長瀬は受け取ったが見ようとしない。そのままガウンのポケットにしまった。右手のドアを開けて入って行く。
「・・・どうぞ」
 土岐と海野は靴を脱いで、十センチほどの高さのあがり框に足をかけた。長瀬と同じ白いムートンのスリッパが用意されていた。