法蔵飛魂

「今おじいさんにすべて聞きました。あなたにはいずれ民事の法廷で証言してもらうことになると思います。あなたが偽証したい気持ちはぼくなりに理解しているつもりです。あなたが物心ついたころからいさかいの絶えなかった御両親、酒乱癖のあったお父さん、家庭内暴力であなたも殴られたことがあったでしょう。そういう家庭環境があなたの幼い心をどれほど傷つけたか痛いほど分かります。お母さんが離婚したのも理解できます。お母さんがお父さんのもとに嫌がるあなたを残したのは、お父さんに対するお母さんの最後の愛情だったのだろうと思います。あなたはその愛情で生まれたんですから。甲斐性のないお父さんのもとでアルバイトをしながらあなたはやっと高校を卒業して、お父さんから精神的に独立しようとした矢先にお父さんが亡くなられた。入院費用や看護でさぞかし、大変なことだったろうと思います。おそらく、恋人を作ることすらできなかったでしょう。そうして、やっとお母さんと二人で幸せな生活を築こうとした矢先、お母さんがおばあさんと同じ病気で介護老人ホームに預けなければならなくなった。入居費用や面会費用であなたは貯金すらできない状態になった。これまでの人生で、あたなにとって人並みのしあわせを感じたことは殆どなかったんじゃないですか。そのあなたが偽証によってさらに人生の重荷を背負おうとしている。ぼくも偉そうなことは言えない。保険会社と敵対している遺族に雇われている身だ。遺族はただ単に保険金がほしいだけで、地下鉄会社に賠償金を払いたくないだけで、それだけで、あなたの偽証を覆そうとしている。ぼくもその片棒を担いでいる。でも、心の底からあなたには偽証によってこれからの人生を穢して欲しくないと思っている。裁判では本当のことを言ってほしい。・・・まだまだ人生の残りは長い。・・・悔いのないように、生きてほしい」
 後ろ向きに花瓶に花を活けていた仁美の肩が小刻みに震えている。花瓶を置いたサイドテーブルに両手を突いて、うなだれた。かすかな嗚咽が聞こえてくる。
「・・・あなたに何が分かるの?」
 仁美が絞り出すようにして出した涙声の中に誰に対するとも知れない底深い怒りがこもっていた。