長田は疲れ切ったようだった。体が次第にずり落ちてきて、車椅子から下半身が落ちかけている。その体を自分で元に引き上げる体力もないようだった。
土岐は長田の背中に回り、両手を脇の下に差し込んで、体を引き上げてやった。
長田は軟体動物のように車椅子の上で背中を丸めた。
土岐は車椅子を押して、中井愛子の部屋に戻った。車椅子を押しながら土岐は聞いた。
「中村貞江という名前を知っていますか?」
突然、長田の首がしゃきっと伸びあがった。
「・・・志茂貞江なら知ってるが・・・」
「貞江の貞は、貞淑の貞、江は江戸の江、ですか?」
「・・・そうだ」
「いまから、四十年前、香良洲の近くの善導寺から三田法蔵の骨壷を貰い受けた女性ですが、心当たりありますか?」
「・・・志茂貞江は法蔵寺の貧しい檀家の娘だ。母親が志茂法子と言って、その母親が先々代の住職と親密だったという噂があった。大正時代の話だ。今じゃ誰もそんなことは知らないだろう。わしもその話は、戦後になってから耳にした。志茂貞江は終戦前後、まだ赤ん坊だったころに見かけた程度で、その後、一度も会っていない。・・・でも、なんで法さんの骨壷をとりにいったんだろう」
と言ってから、長田は深いため息を吐いた。
「・・・そうか、そうだったのか」
「なにが、そうだったんですか?」
と土岐が聞いても長田は答えない。見開いた目に何も映っていないように見えた。
「なにが、そうなんですか」
と土岐は再び聞いた。長田の耳には届いていないようだった。土岐は聞き出すのを諦めた。
愛子の部屋では、仁美が土岐が持ってきた生花を花瓶に活けていた。
愛子はベッドの上で昼寝していた。かすかないびきが部屋の中に流れていた。
長田も疲れ切ったようで、口を開けたまま茫然としている。
土岐は仁美のこわれそうな背中に語りかけた。
土岐は長田の背中に回り、両手を脇の下に差し込んで、体を引き上げてやった。
長田は軟体動物のように車椅子の上で背中を丸めた。
土岐は車椅子を押して、中井愛子の部屋に戻った。車椅子を押しながら土岐は聞いた。
「中村貞江という名前を知っていますか?」
突然、長田の首がしゃきっと伸びあがった。
「・・・志茂貞江なら知ってるが・・・」
「貞江の貞は、貞淑の貞、江は江戸の江、ですか?」
「・・・そうだ」
「いまから、四十年前、香良洲の近くの善導寺から三田法蔵の骨壷を貰い受けた女性ですが、心当たりありますか?」
「・・・志茂貞江は法蔵寺の貧しい檀家の娘だ。母親が志茂法子と言って、その母親が先々代の住職と親密だったという噂があった。大正時代の話だ。今じゃ誰もそんなことは知らないだろう。わしもその話は、戦後になってから耳にした。志茂貞江は終戦前後、まだ赤ん坊だったころに見かけた程度で、その後、一度も会っていない。・・・でも、なんで法さんの骨壷をとりにいったんだろう」
と言ってから、長田は深いため息を吐いた。
「・・・そうか、そうだったのか」
「なにが、そうだったんですか?」
と土岐が聞いても長田は答えない。見開いた目に何も映っていないように見えた。
「なにが、そうなんですか」
と土岐は再び聞いた。長田の耳には届いていないようだった。土岐は聞き出すのを諦めた。
愛子の部屋では、仁美が土岐が持ってきた生花を花瓶に活けていた。
愛子はベッドの上で昼寝していた。かすかないびきが部屋の中に流れていた。
長田も疲れ切ったようで、口を開けたまま茫然としている。
土岐は仁美のこわれそうな背中に語りかけた。


