長田はその紙を受け取り、目をしかめながら、距離を調整し、窪んだ目の焦点を合わせようとしている。
「・・・一瞬のことだが、たぶん、こんな感じの男だったと思う。そう言われれば、そうかもしれないと言う程度だ。ただ、廣川がその男を見たとき、一瞬のことだが、『まさか』というような顔つきをした。そんな感じがした」
「ということは、顔見知りで?」
「・・・わからん。・・・でも、そうかもしれない」
「で、長田さんが現場から逃走したのはどうしてですか?」
「・・・倒れ込んできた男が、わしを殺そうとしていたのではないかと直感的に思った。そうでなくても廣川についてはいい噂を聞いていない。やくざとも関係があるというようなことも聞いていた。わしが愛子をネタに強請ろうとしていると思い込んで、わしを消そうとするかもしれないという邪推が頭をかすめていた。その恐怖でまず逃げた。仁美と待ち合わせていたので、戻ろうかとも考えたが、巻き込まれたくなかった。わしも叩けばいくらでも埃の出る人生を生きてきた。警察とはかかわりあいになりたくない。いまだに所得税を払ったことがないし、詐欺まがいの骨董売りを幾度も繰り返している。訴えられたこともある。貴金属品の行商でもまがいものをいくつも売りさばいている。そのせいもあって、京都へも湯沢へも小谷へも、足を踏み入れられなくなった。商売をする場所がだんだん狭まって行った。そういう負い目から、仁美に電話をしたものの、現場に戻る気はなかった。どんなかたちであれ、警察とはかかわりをもちたくなかった。その後、あの事件は自殺で処理されて、落ち着いたと言うので、こうして愛子に会いにやって来た」
「廣川弘毅のほかに、誰かに、殺されるかも知れないという心当たりはありますか?」
「・・・ない。わしは馬の骨だ。長瀬啓志や廣川弘毅のように稼いでもいないし、一度でも娑婆で表舞台に出たこともない。しがない骨董商で、むかしは貴金属の行商もやっていたが、ここ二十年ほどはまったく商売にならない。バブルがはじけた後、年金でかつかつの生活をしている。こんなおいぼれを殺したところで一銭の得にもならんだろう。わしの人生はとるに足らない、つまらん人生だった。あっても、なくても、いいようなどうでもいい人生だった」
「あのとき、廣川弘毅を助けようとしなかったのはなぜです?」
「・・・一瞬のことだが、たぶん、こんな感じの男だったと思う。そう言われれば、そうかもしれないと言う程度だ。ただ、廣川がその男を見たとき、一瞬のことだが、『まさか』というような顔つきをした。そんな感じがした」
「ということは、顔見知りで?」
「・・・わからん。・・・でも、そうかもしれない」
「で、長田さんが現場から逃走したのはどうしてですか?」
「・・・倒れ込んできた男が、わしを殺そうとしていたのではないかと直感的に思った。そうでなくても廣川についてはいい噂を聞いていない。やくざとも関係があるというようなことも聞いていた。わしが愛子をネタに強請ろうとしていると思い込んで、わしを消そうとするかもしれないという邪推が頭をかすめていた。その恐怖でまず逃げた。仁美と待ち合わせていたので、戻ろうかとも考えたが、巻き込まれたくなかった。わしも叩けばいくらでも埃の出る人生を生きてきた。警察とはかかわりあいになりたくない。いまだに所得税を払ったことがないし、詐欺まがいの骨董売りを幾度も繰り返している。訴えられたこともある。貴金属品の行商でもまがいものをいくつも売りさばいている。そのせいもあって、京都へも湯沢へも小谷へも、足を踏み入れられなくなった。商売をする場所がだんだん狭まって行った。そういう負い目から、仁美に電話をしたものの、現場に戻る気はなかった。どんなかたちであれ、警察とはかかわりをもちたくなかった。その後、あの事件は自殺で処理されて、落ち着いたと言うので、こうして愛子に会いにやって来た」
「廣川弘毅のほかに、誰かに、殺されるかも知れないという心当たりはありますか?」
「・・・ない。わしは馬の骨だ。長瀬啓志や廣川弘毅のように稼いでもいないし、一度でも娑婆で表舞台に出たこともない。しがない骨董商で、むかしは貴金属の行商もやっていたが、ここ二十年ほどはまったく商売にならない。バブルがはじけた後、年金でかつかつの生活をしている。こんなおいぼれを殺したところで一銭の得にもならんだろう。わしの人生はとるに足らない、つまらん人生だった。あっても、なくても、いいようなどうでもいい人生だった」
「あのとき、廣川弘毅を助けようとしなかったのはなぜです?」


