ことだろうと思う。敦は放蕩無頼の人生を貫徹し、さっさと死んで行った。それから母子二人のささやかな幸せの生活が始まったが、愛子は和子からの遺伝なのか、仁美とのわだかまりが解け始めたころ、若年性の痴呆になった。安い特養を探したが、群馬県の水上の山奥にしか、適当なホームは見つからなかった。それでも、仁美にとっては経済的に重い負担だった。わしも援助したいところだったが、わずかな年金しかない。そこで、愛子が後生大事に持っていた和子と廣川弘毅が向島のお座敷で撮った写真を思い出した。愛子が廣川の娘であれば、仁美は孫になる。廣川はわしよりはるかに経済力はある。娘と孫の窮状を助けても、ばちは当たらない。その写真を仁美に確認させたら、そのじいさんは、『兜町の路上で、毎日夕方の五時ごろに高級乗用車を待たせている老人に似ている』と言うので、そこの会社が開示情報という雑誌を発行し、その会社の会長が廣川弘毅であることを確かめて、あの日、茅場町で会うことにした。仁美はずいぶん前から、廣川弘毅という名前を知っていたようだ。ネットで検索して、開示情報社を探し出し、茅場町で職を探したらしい」
土岐は長田の話を聞きながら、喫茶店〈インサイダー〉での岡川桂の証言を思い出していた。
廣川弘毅が中井和子と一緒に撮った古い写真を持った老人が、写真の主が廣川弘毅であることを確認しに、八月ごろ、開示情報社の事務所にやって来ていた。
「・・・廣川が船橋法典の特養ホームを見つけたので、『地元の責任者に挨拶に行くので、仁美と三人で一緒に行こう』と言うのであの駅のホームで仁美を待っていた。仁美が来る直前にあの事故が起きた。廣川がステッキを落とし、わしが拾って廣川に渡そうとしたとき、背後から低姿勢で突っ込んでくる男がいた。わしと廣川の間に割り込むようにして倒れ込んできた。わしはとっさに避けたが、廣川は男の肩にぶつかった。廣川はわしが差し出したステッキに手を伸ばしてきたが、わしはステッキをさし出そうとしなかった。未必の故意というやつだ。糖尿病で足の指を切断している廣川は、ホームに踏ん張り切れずに転落した。そのとき、仁美はまだ来ていなかった」
そこで土岐は、内ポケットの手帳に挟みこんだ海野から受け取った似顔絵を出した。四つに折り畳んだB5の紙を広げながら長田に聞いた。
「その倒れ込んできた男は、こんな顔でしたか?」
土岐は長田の話を聞きながら、喫茶店〈インサイダー〉での岡川桂の証言を思い出していた。
廣川弘毅が中井和子と一緒に撮った古い写真を持った老人が、写真の主が廣川弘毅であることを確認しに、八月ごろ、開示情報社の事務所にやって来ていた。
「・・・廣川が船橋法典の特養ホームを見つけたので、『地元の責任者に挨拶に行くので、仁美と三人で一緒に行こう』と言うのであの駅のホームで仁美を待っていた。仁美が来る直前にあの事故が起きた。廣川がステッキを落とし、わしが拾って廣川に渡そうとしたとき、背後から低姿勢で突っ込んでくる男がいた。わしと廣川の間に割り込むようにして倒れ込んできた。わしはとっさに避けたが、廣川は男の肩にぶつかった。廣川はわしが差し出したステッキに手を伸ばしてきたが、わしはステッキをさし出そうとしなかった。未必の故意というやつだ。糖尿病で足の指を切断している廣川は、ホームに踏ん張り切れずに転落した。そのとき、仁美はまだ来ていなかった」
そこで土岐は、内ポケットの手帳に挟みこんだ海野から受け取った似顔絵を出した。四つに折り畳んだB5の紙を広げながら長田に聞いた。
「その倒れ込んできた男は、こんな顔でしたか?」


