法蔵飛魂

「こんにちは」
 仁美が振り返った。驚いたような眼をしている。ショートヘアの前髪が眉毛をおおう。凍りついたような驚きが、窓から差し込む逆光の中で、土岐の前に迫ってきた。
「・・・時山さん?それとも土岐さん?」
「すいません、土岐です」
 老人が皺に窪んだうつろな目で車椅子から土岐を力なく見上げた。
「・・・あんたか、いろいろとわしを探っていたのは・・・」
「すいません、ある人の依頼を受けまして・・・」
「・・・どうだ、調べはついたか」
「ほぼ・・・あとは長田賢治さんの釈明を聞くだけです」
 そう言いながら土岐は花束と菓子折をベッドに座っている中井愛子の脇に置いた。
「つまらないものですが、・・・早く良くなってください」
 老人が仁美に言った。
「・・・あっちの、サンルームにやってくれるか」
 仁美は老人の背後にまわり、車椅子を部屋の外に押し出した。二階のサンルームには面会客のない老人たちが、弱々しい陽光を全身に浴びて、リクライニングシートに寝そべっている。そこだけが、どこかの温泉地か保養地のような雰囲気を醸し出している。
 仁美は大きな一枚ガラスの前に車椅子を押してくると、愛子の部屋に戻って行った。土岐は部屋の隅の籐椅子を引き寄せて、老人の斜め隣に座った。
「だいぶ足が悪いんですか?」
「・・・リューマチでね。膝の関節がこわばっている。無理すれば動けないこともないが、痛い。ここ数日、日に日に悪くなっている」
「最近、三重海軍航空隊の記念館に行かれましたよね」
「・・・香良洲か」
「ええ」
「・・・記帳者名簿を見たのか」
「ええ。・・・新生印刷にも行かれましたよね」
「・・・新橋か」
「ええ。・・・開示情報社にも行かれましたよね」
「・・・仁美が教えてくれた。あの会社の前を5時ごろ通ると、月に一回くらい、廣川弘毅を見かけることがあったそうだ」
「でも・・・」
「・・・なんで今頃、と聞きたいのか?」
「ええ。三田法蔵さんとはどういう関係なのか?」
 長田は前方の民家のスレート瓦の屋根の上で穏やかに照っている太陽を眩しそうに見ている。
 スズメが無邪気に灰褐色の瓦の上で戯れている。
 傍らを療養士が足音もなく通り過ぎ、しばらくして、土岐のために来客用の折り畳み椅子を持ってきた。
 土岐は長田の斜め前に座り直した。
 長田は遥か遠くを眺めるようにして訥々と語り出した。