法蔵飛魂

 蒲田駅前のコンビニエンス・ストアでメロン、クリーム、餡子の菓子パン三個とペットボトルのミルクティーを買い込んだ。
 蒲田駅から京浜東北線に乗車し、新橋駅で地下鉄銀座線に乗り換え、日本橋駅で地下鉄東西線に乗り継いで東陽町駅に着いたのは十一時ごろだった。
 仁美のアパートを横十間川を挟んだ対岸から見ることにした。小さなオペラグラスで川越しの仁美の部屋のベランダがかろうじて確認できた。レースのカーテンの隙間越しに丸い蛍光灯の傘がちらついて見えた。
 土岐は川の欄干に腰を乗せて、菓子パンを食べることにした。左手でオペラグラスを目に当て、右手でパンを口に運んだ。菓子パンをすべて食べ終えて、ミルクティーをすべて飲み干し、三十分ぐらいして、横十間ハイツの304号室のカーテンに動きがあり、室内の蛍光灯が消えたように見えた。
 しばらくして脇を抱えられた老人と見城仁美が川沿いの通りに出てきた。老人の足もとがおぼつかない。
 土岐はミルクティーを飲み干して、四ツ目通りの橋のたもとで二人を待ち伏せすることにした。
 二人は四ツ目通りに出るとタクシーを拾った。タクシーは東陽町駅方向に走って行った。
 土岐は速歩で東陽町駅に向かった。駅のホームに二人の姿はなかった。次に来た西船橋方面の電車に乗った。
 西船橋駅で武蔵野線に乗り換えて東陽町駅から三十分ほどで船橋法典駅に着いた。前に来た時と同じように土岐は駅前のスーパーマーケットで花束と菓子折を買った。花屋の店員は男に代わっていた。
 船橋法典の特養ホームにたどり着いたのは二時前だった。誰もいない受付の面会者リストに、備え付けのひも付きのボールペンで、〈時山〉という名前を記入して、そのまま二階の中井愛子の部屋に向かった。
 晩秋を思わせる淡い午後の陽光が廊下や階段にセピア色にあふれていた。他愛のない笑い声やしわがれた幼児言葉がどこからか聞こえてきた。白衣の療養士とすれ違ったが誰何しない。土岐は中途半端な愛想笑いを返した。闖入者のような後ろめたさがある。
 中井愛子の部屋にドアはない。二葉の浅黄色の長い暖簾が引かれて、廊下から中がそのまま見通せる。土岐は部屋の入口に立った。中井愛子はベッドに腰掛け、その向かいに老人が船橋法典ホームの車椅子に座り、見城仁美が入り口を背に立っていた。
 土岐は声をかけた。かすれていたので咳払いをした。