「・・・こちらに予約を頂ければ、いつでも御座敷を用意いたします。お尋ねは廣川コーキという人のお相手をした人ですね、五十年くらい前の」
土岐は渡された名刺を見た。
〈波家〉
という草書体の文字の上に松の枝がデザイン化され、下に川が描かれている。裏に電話番号と、簡単なアクセス地図が描かれていた。
「それじゃあ、出直します」
置屋で芸者を呼ぶといくらかかるのか、土岐は知らなかった。調査でカネのかかるときは、宇多弁護士に頼むしか方法がなかった。
土岐は、言問橋を渡りながら宇多に電話した。
「いつもお世話になっています。土岐と申しますが、宇多先生はおられますか?」
嬌声に近い女の声が返ってきた。
「・・・あら、土岐さん、お久しぶり。・・・先生はいま、向かいのホテルでクライアントと面談中ですが、三十分ぐらいで戻ると思います。なにか、ご伝言でも?」
「それじゃ、これからそちらに向かいますので、・・・一時間以内には着くと思います。そうお伝えください」
土岐は水戸街道を隅田川沿いに南下し、言問橋を渡り、徒歩で浅草に向かった。都営浅草線の浅草駅まで、置屋の〈波家〉から三十分近く要した。
馬喰横山で都営新宿線に乗り換えて、岩本町、小川町、神保町を経て九段下で降りた。九段下から、靖国通りを靖国神社沿いに坂を登り、武道館を左手に見て、最初のT字路で横断歩道を渡り、英国大使館方向に左折し、三つ目の雑居ビルに入った。狭隘な階段を二階に上ると、正面に、〈宇多法律事務所〉と扉のすりガラスにレタリングされた部屋がある。ドアを開けて入ると小さな受付がある。
気配を察して、隣の部屋からにぎやかな秘書が出てきた。
「・・・らっしゃいませ。土岐さん、お久しぶりですね。お顔を忘れるところでした」
この秘書は宇多の御手つきだと見立てているので、土岐はあまり愛想良くしないようにつとめている。
「宇多先生、戻りました?」
「・・・たったいま。なーんか、はかったようですね」
と言いながら、秘書は受付わきの応接ルームに土岐を招じ入れる。
「・・・いま、お茶を持ってまいりますので・・・」
と言って部屋を出て行く。それと入れ替わりに、宇多が現れた。深いグレーの三つ揃えが高級そうな生地で仕立てられたオーダーメードであることは土岐にも分かった。
「・・・貧乏暇なしだ」
土岐は渡された名刺を見た。
〈波家〉
という草書体の文字の上に松の枝がデザイン化され、下に川が描かれている。裏に電話番号と、簡単なアクセス地図が描かれていた。
「それじゃあ、出直します」
置屋で芸者を呼ぶといくらかかるのか、土岐は知らなかった。調査でカネのかかるときは、宇多弁護士に頼むしか方法がなかった。
土岐は、言問橋を渡りながら宇多に電話した。
「いつもお世話になっています。土岐と申しますが、宇多先生はおられますか?」
嬌声に近い女の声が返ってきた。
「・・・あら、土岐さん、お久しぶり。・・・先生はいま、向かいのホテルでクライアントと面談中ですが、三十分ぐらいで戻ると思います。なにか、ご伝言でも?」
「それじゃ、これからそちらに向かいますので、・・・一時間以内には着くと思います。そうお伝えください」
土岐は水戸街道を隅田川沿いに南下し、言問橋を渡り、徒歩で浅草に向かった。都営浅草線の浅草駅まで、置屋の〈波家〉から三十分近く要した。
馬喰横山で都営新宿線に乗り換えて、岩本町、小川町、神保町を経て九段下で降りた。九段下から、靖国通りを靖国神社沿いに坂を登り、武道館を左手に見て、最初のT字路で横断歩道を渡り、英国大使館方向に左折し、三つ目の雑居ビルに入った。狭隘な階段を二階に上ると、正面に、〈宇多法律事務所〉と扉のすりガラスにレタリングされた部屋がある。ドアを開けて入ると小さな受付がある。
気配を察して、隣の部屋からにぎやかな秘書が出てきた。
「・・・らっしゃいませ。土岐さん、お久しぶりですね。お顔を忘れるところでした」
この秘書は宇多の御手つきだと見立てているので、土岐はあまり愛想良くしないようにつとめている。
「宇多先生、戻りました?」
「・・・たったいま。なーんか、はかったようですね」
と言いながら、秘書は受付わきの応接ルームに土岐を招じ入れる。
「・・・いま、お茶を持ってまいりますので・・・」
と言って部屋を出て行く。それと入れ替わりに、宇多が現れた。深いグレーの三つ揃えが高級そうな生地で仕立てられたオーダーメードであることは土岐にも分かった。
「・・・貧乏暇なしだ」


