法蔵飛魂

「・・・オキヤ?・・・って何屋さんですか?」
「芸者を斡旋するところですけど・・・」
「・・・芸者?そんなひと、この街にいたんですか?」
 土岐は聞き込みを諦めた。地理的に芸者がこの店で買い物をしてもよさそうだが、どうも彼女らは私服以外ではコンビニには来ないようだ。
 水戸街道の交差点の交番で改めて聞いた。若い巡査が壁に貼ってある所轄内の地図を見ながら答える。
「ここから、一番近い墨堤組合の組合長をやっている置屋さんでいいですか?」
 警官は地図を指でなぞる。そこだけ地図の印刷が擦れ落ちている。
 警官の説明を聞いて水戸街道と隅田川沿いの墨田公園に挟まれた南北に延びる街を白髯橋方向に北上した。警官が教えてくれた一方通行の狭い路地の左側に黒い板塀に囲まれた、〈波家〉という仕舞屋風の木造家屋があった。塀の上から剪定で整えられた松の枝ぶりが見越せた。白木の木戸をするりと開けて、土岐は人を呼び出した。
「こんにちは、どなたか、おられますか?」
 しばらくして、銀鼠の和服姿の引っ詰めの老女が出てきた。
「・・・はい、なんですか?」
 片膝を付けた姿勢にいかにも玄人という風情を漂わせている。
「ちょっと、お聞きしたいことがありまして・・・終戦直後のことなんですが、このへんで廣川弘毅という人が遊んでいたと思うんですが、そのお相手をした人について聞きたいんですが・・・お分かりになるでしょうか?」
 老女は土岐の顔をまじまじとみた。土岐が無表情でいると次第に呆れたような顔に変貌した。
「・・・そういうことは、お座敷できいていただけますか?御座敷でしたら、どんなことにもお答えいたします」
「しかし、わたしは、馴染じゃないもんで・・・」
 老女は洗顔料で洗った後、化粧水だけをしみ込ませた顔で、土岐の黒い靴紐の付いた茶のスニーカーの爪先からカーキ色のチノパンとコーデュロイのジャケットまで見上げ、それから目線を足先に戻した。その目の移ろいを二回繰り返した。
「・・・初見でも、構いませんよ。昔はうるさかったんですけどね・・・いまはね。・・・予約さえしていただければ・・・」
 そう言いながら老女は、和服の帯の間から角のとれた小ぶりの名刺を人差し指と中指で挟んで差し出した。