法蔵飛魂

「今後は、廣川氏の女性関係に絞りたいと思うのですが、・・・以前にもお聞きしたことがあるかとは思いますが、アイテイの相田貞子社長と開示情報の経理担当の松井さん以外に関係が有ったかも知れないと思われる女性を教えていただけますか?」
 加奈子はジャカード編みの利休鼠のプリントニットジャケットの腕を組んで、床のアラベスク紋様のペルシャ絨毯に目を落とした。焦げ茶色のブロッキングレザーパンツの足を組んで、右ひざの上に、組んだ左ひじを乗せている。
「・・・あの人は、・・・わたしもそうだけど、基本的に素人さんとは深い関係を持たなかったと思います。だから、相田貞子も事務の松井さんも、それほど深い関係ではなくって、仕事関係の延長線程度じゃなかったかと、思います」
「すると、玄人筋では、どの辺で遊んでいたんですか?」
「・・・ずいぶんと前のことで、記憶が確かじゃないけれど、わたしと出会う前までは、
『深い関係があったらしいのは、川向うだけだったんじゃないかしら』って所属していたクラブのチイママから聞いたことがあるような気がします。でもそれは廣川がまだ若いころの話で、五十年近く前の話です」
「その・・・川向こうというのは?」
「・・・隅田川の向こうで、向島のことです。たぶん、接待で行ったんだろうと思います」
 それを聞いて土岐の頭に、目の焦点の合わない魂の抜けた表情で、この世を漂流するように生きている中井愛子が浮かび上がった。海野の調査によれば、愛子の本籍は、墨田区向島だった。帰り際に、土岐は加奈子に尋ねた。
「中村貞江という名前に聞き覚えなはいですか?」
「・・・中村?」
「貞江といいます」
 加奈子は首をかしげた。瞳がゆっくりと左右する。
「・・・確かじゃないけれど、・・・聞いたことがあるような、ないような」
 それを聞いて土岐は腰を上げた。

 廣川邸を辞すと、土岐は田園調布駅から目黒線の都営三田線直通で、奥沢、大岡山、洗足、西小山、武蔵小山、不動前、目黒、白金台、白金高輪を経て三田駅に出た。三田駅から都営浅草線に乗り換え、大門、新橋、東銀座、宝町、日本橋、人形町、馬喰横山、浅草橋、蔵前、浅草、本所吾妻橋を経て押上駅で降り、建設中の東京スカイツリーを頭上に見上げながら徒歩で北上して向島に着いた。
 言問橋東詰のコンビニの若い店長に置屋の所在を聞いた。置屋を知らないようだった。