法蔵飛魂

 海野と店の前で別れて、土岐は東京駅まで歩いて行った。寒いので早足になった。帰りの電車の中で土岐は、見城仁美の身辺を再調査することを考えた。蒲田の自宅事務所に帰宅したのは八時ごろだった。気分のよくない中途半端な酔い心地だった。

墨東奇談(十月八日 金曜日)

 翌朝、十時ごろ、田園調布の廣川邸に出かける前に前日の調査日誌をパソコンに打ち込んだ。昨晩の飲酒はそれほど深くなかったが、軽い頭痛を感じていた。
 前日書きあげた調査報告書の文書末の調査日誌と経費一覧に、木曜日分を付け加えた。
海野のメールアドレスに調査報告書を添付ファイルで送信した。それから佐藤加奈子に電話し、昼頃訪問することを伝えた。
 午前十一時に事務所を出た。田園調布駅に着いたのは十二時前だった。駅から廣川邸までの風景にそれほどの変化はないとは思われるが、土岐には紅葉の色づきで推量される時の移ろい以上の変化があるように感じられた。
 佐藤加奈子は応接室のドアを開けて待っていた。加奈子がコーヒーを持ってくる間に、玄関わきの固定電話の受話器をとって重量を確認した。わずかに通常より重く感じられた。大日本興信所の澤田英明の盗聴器は、まだ仕込まれたままのようだった。
 加奈子の淹れたコーヒーを応接間のソファーに腰掛けて迎えた。コーヒーに手をつける前に土岐は調査報告書をショルダーバッグから取り出してクリアファイルごと加奈子に手渡した。加奈子が目を通している間に、土岐はコーヒーにミルクとグラニュー糖を落とした。スプーンでかき混ぜるとコンデンスミルクが白い渦を巻いて琥珀色のコーヒーに沈み、茶色のミルクコーヒーに豹変した。
 時折、ダブルクリップでとめたA4の報告書を加奈子がめくる音がする。その音が幾度か繰り返された後、速読した加奈子が顔をあげた。
「・・・数日中に結論が出るとなっていますが、いつごろに?」
「早ければ、来週早々にでも・・・」
「・・・そうですか・・・それじゃあ、結論の出た段階で、宇多弁護士と打ち合わせしていただけますか?」
「ええ、そのつもりです。・・・調査活動の依頼主が宇多弁護士に移った段階で、こちらとの契約は終結ということでよろしいですか?」
「・・・ええ、構いません。・・・ごくろうさまでした。・・・では、あと数日、結論の出るまで、お願いいたします」