法蔵飛魂

「・・・そうだ。・・・しかし、よろめいた小柄な男の方は仁美以外には目撃されていない。少なくとも、目撃者はほかに現れていない。たぶん、エスカレーターの周りを一回りして、ホームの反対側までゆっくりと歩いて、日比谷線の階段を上って行ったんだろう。ラッシュの時間帯じゃ、だれも気付かない。ましてや、人々は事故のあった日本橋寄りのホームに注意をとられている。・・・参考までにこれがその男の似顔絵だ。学生は横顔しか見ていないと言うので横顔の似顔絵になった。原画を縮小してある。原寸よりも縮小した方がリアリティがあるのが不思議だ」
と海野は懐からB5に縮小された似顔絵のコピーを取り出した。斜めにつんのめっているような男の右の横顔がクロッキーで描かれていた。頬骨が突き出て顎骨のえらがはり、眼窩の窪んでいるのが特徴だった。とうもろこしのように細長い顔立ちを土岐はどこかで見たような気がした。あまりに顔が狭いので眼が顔に収まりきらず、斜めに吊り上っている。
「これに似た顔をどこかで見た覚えがあります。・・・これ頂けますか?」
「・・・ああ、やるよ」
 土岐は似顔絵を四つ折りにして内ポケットに仕舞った。
「その学生と仁美を対決させてみてはどうでしょう」
「・・・仁美がそうでないと言い張ればそれまでだ」
「母親の特養移転の経緯の線はどうでしょう」
「・・・有力ではあるが、民事では民間保険会社に対して捜査権がない。警察の方では廣川弘毅は自殺で処理されているんだ。養護医療保険を偽造したとすれば、連番の契約書番号で偽造の証拠をつかめるかも知れないが、むこうはプロだ。時期的に都合のいい中途解約した番号を使えば、契約書が連番であったとしても、偽造の証拠をつかむのは容易ではない。民事で廣川弘毅の死を他殺とするには膨大な状況証拠を積み上げるしかないだろう。それを裁判官がどういう心証で捉えるかだ。宇多弁護士は悪名高いから、裁判官の心証はよくないだろうな」
 海野の宇多弁護士評に土岐は思わず頷いた。土岐は自分の推理を吐く。
「現場から逃走した老人は、長田賢治のような気がするんです。・・・糸魚川の自宅にはしばらくいないようなので、たぶんそうじゃないかと思うんです。・・・彼が殺人犯でないとするならば、真相を話してくれそうな気がするんですが・・・」