法蔵飛魂

「・・・男子学生だ。アルバイトの帰りだったと言ってる。『親に内緒で、大学をさぼってやっていたから、ずっと迷っていた』だとさ。証言内容は仁美の最初の証言によく似ている。本人はエスカレーター脇の狭い乗車位置で、壁に寄り掛かっていたそうだ。前の日に大酒を飲んで二日酔いでバイトをしたんで、ひどく疲れていたそうだ。前に老人二人が並んでいた。人の流れはエスカレーターを降りてホーム中央に向かうので、そこに人通りは殆どなかったそうだ。学生と老人の間に空間があった。学生は列を詰めて並んでいなかった。そこに電車が入線してくる警笛がした。そのとき小柄な男が学生と老人の間をすり抜けようとして、よろめいた。正確には、よろめいたように見えた。学生はホームの端を歩いていた男が、警笛にびっくりしてホームの内側に歩く方向を変えた拍子にバランスを崩したんだろうと思ったそうだ。その直前に廣川弘毅が杖を手から滑らせて、隣の老人がその杖を拾った瞬間、よろめいた小柄な男が、廣川弘毅に接触し、ホーム前方にさらによろめいた。隣の老人が杖を差し出して、廣川弘毅はそれをつかもうとしたが、隣の老人が杖で突き押すようなかたちでホームに転落した。学生は茫然とその情景を眺めていたが、気付いたときには隣の老人もよろめいた小柄な男もいなくなっていて、その場に野次馬気分でしばらくいたら自分好みのOLが気が抜けたようにそこに立っていたそうだ。そのOLは騒然とするホームに立ち続け、ずっと携帯電話をしていたそうだ。おれの勘では、そのOLが見城仁美だ。学生に仁美の写真を見せたら、似ているとのことだった」
「そうすると、そのよろめいた小柄の男が殺人犯ということですか?」
「・・・それが事故だとすれば、もう一人の老人は逃走する必要はないはずだ。学生の記憶では、廣川弘毅が落とした杖で線路に押し出したように見えたということだ。その老人は普段誰も使用しない階段を駆け上がって改札を出て行ったと駅員が証言している」
「あ、岡田という人ですね」