法蔵飛魂

「・・・ひとりでよく調べたな。おれが警察組織を使って調べたこととあまり違いがない」
「あまり?・・・と言うと?」
「・・・廣川弘毅は陸軍中野学校に引き抜かれたんだ。両親も兄弟もいなかった。よっぽど予備士官学校の入学の成績が良かったんだろうな。格好の人材だ」
「と言うことは、廣川弘毅はスパイだったんですか?」
「・・・たぶん、清和家の書生としてもぐりこんだのは、京都の清和家と東京の久邇家の日米和平工作をつぶすのが目的だったんだろう。終戦間際の陸軍は徹底抗戦の方針で、本土決戦を企てていた。本土決戦でゲリラ戦を展開すれば、ベトナムのようにアメリカに負けることはなかった。和平推進派の清和家と久邇家は陸軍にマークされていた」
「じゃあ、そのことが、殺害の原因だったんですか?」
「・・・六十年以上も前の話だ。どんな悪事もすべて時効になっている。無関係とは思わないが、それが直接の原因だとしたら、廣川弘毅はもっと早く殺されていただろう」
 二人の間に沈黙が訪れた。サラリーマン客が増えてきて、酒場独特の嬌声まじりの喧騒が飛び交い始めた。周囲の雑音が二人の黙考を際立たせた。
「見城仁美の口を割らせる材料はないだろうか?」
とひとり言のように土岐が言うと、海野が応じた。
「・・・もう一人の目撃証言が得られた。自殺で処理した後だったけどな。あんな安看板でも役に立った」
 土岐は海野の無精ひげに包まれた口元を凝視した。海野はその口をおもむろに開いた。