土岐は海野の真剣な顔と生ビールの泡を交互に見つめていた。海野のしみやいぼだらけの老醜にまみれた真面目な表情を凝視することは土岐には耐えられなかった。土岐はきりだした。
「それじゃあ、わたしの方からも決定的な情報を・・・仁美の目撃情報は物理的にあり得ないという結論です」
「・・・ほう」
と海野はジョッキを傾ける。〈聞いてやるから、言ってみろ〉というような風情だ。海野は顔を少し斜にして、右耳を土岐の方に傾けている。小さくて、貧乏たらしい耳だ。
「廣川弘毅を轢いた電車は五時三分着なんですが、その時間に見城仁美が現場にいることは不可能だった」
「・・・どうして?」
「同僚の双葉智子の証言では、仁美は五時ちょうどに三光ビルにある会社の部屋を出ているんですが、男の足で走っても五分以上かかるんです、現場に到達するには」
「・・・だから、五時三分の電車に轢かれた現場を仁美は目撃することはできなかった、という論法か」
「そうです」
「・・・それはちょっと弱いな」
「なんでです?」
「・・・ラッシュの時間帯のダイヤは、平気で二、三分の遅れが出る。乗客が扉の締まる寸前でドアに掛け込んで挟まれただけで、数十秒の遅れが出る。それが、何駅も続けば一、二分の遅れはざらだ。それだけじゃない。線路は一本しかないから、ダイヤの遅れは一番遅れた電車と同じになる。だから、ラッシュの時間帯には、駅の電光掲示板で次発の発車時刻は出さないことが多い」
「じゃあ、その電車は遅れていたというんですか?」
「・・・かも知れない。公判で覆される惧れがないとは言えない。実際、あの電車はふた駅手前の大手町で忘れ物探しで時間をとられている。大手町の駅員に確認したら、『ラッシュ時なので、忘れ物をした乗客が指摘した車両の、指摘したドア近辺の網棚だけをチェクした』そうだ。見当たらなかったので、終点で徹底的に探したら別の車両で見つかったそうだ。乗客の勘違いやほかの乗客が気を利かせて届ける場合や、黙って持ち去ることもあるので、ラッシュ時は途中駅では徹底捜査はしないそうだ。しかし、1、2分程度は遅れていた可能性はある」
「そうですか・・・」
土岐は肩を落として生ビールを喉に流し込んだ。仕方なく、もうひとつの玉を出した。
「それじゃあ、わたしの方からも決定的な情報を・・・仁美の目撃情報は物理的にあり得ないという結論です」
「・・・ほう」
と海野はジョッキを傾ける。〈聞いてやるから、言ってみろ〉というような風情だ。海野は顔を少し斜にして、右耳を土岐の方に傾けている。小さくて、貧乏たらしい耳だ。
「廣川弘毅を轢いた電車は五時三分着なんですが、その時間に見城仁美が現場にいることは不可能だった」
「・・・どうして?」
「同僚の双葉智子の証言では、仁美は五時ちょうどに三光ビルにある会社の部屋を出ているんですが、男の足で走っても五分以上かかるんです、現場に到達するには」
「・・・だから、五時三分の電車に轢かれた現場を仁美は目撃することはできなかった、という論法か」
「そうです」
「・・・それはちょっと弱いな」
「なんでです?」
「・・・ラッシュの時間帯のダイヤは、平気で二、三分の遅れが出る。乗客が扉の締まる寸前でドアに掛け込んで挟まれただけで、数十秒の遅れが出る。それが、何駅も続けば一、二分の遅れはざらだ。それだけじゃない。線路は一本しかないから、ダイヤの遅れは一番遅れた電車と同じになる。だから、ラッシュの時間帯には、駅の電光掲示板で次発の発車時刻は出さないことが多い」
「じゃあ、その電車は遅れていたというんですか?」
「・・・かも知れない。公判で覆される惧れがないとは言えない。実際、あの電車はふた駅手前の大手町で忘れ物探しで時間をとられている。大手町の駅員に確認したら、『ラッシュ時なので、忘れ物をした乗客が指摘した車両の、指摘したドア近辺の網棚だけをチェクした』そうだ。見当たらなかったので、終点で徹底的に探したら別の車両で見つかったそうだ。乗客の勘違いやほかの乗客が気を利かせて届ける場合や、黙って持ち去ることもあるので、ラッシュ時は途中駅では徹底捜査はしないそうだ。しかし、1、2分程度は遅れていた可能性はある」
「そうですか・・・」
土岐は肩を落として生ビールを喉に流し込んだ。仕方なく、もうひとつの玉を出した。


