法蔵飛魂

「・・・平成十六年頃からです。・・・そのころはまだ、大学院生でした。・・・去年やっと助手に採用されて・・・」
「失礼ですが、ひとつ、おいくらくらいで受けたんでしょうか?」
「・・・なにぶん、指導教授と違って、まだ、美術年鑑にも名前がないもんで、ほとんど実費です。アルバイト程度です。まあ、ぼくも勉強にはなるんで、引き受けているようなもんです。しかし、業績にはならないんで、ありまり力を入れて造ってはいませんが・・・」
 浦野の話を聞きながら、〈退職金の半分ほどを使った〉と言っていた坂本の情けなさそうな顔を思い出していた。土岐はその退職金の半分と浦野が掛けた実費の差額が、金井の懐に入ったものと断定した。しかし、不動産屋の金井がなぜ、彫刻の斡旋をしていたのか。 土岐の心中はその疑問でその日の天気のように曇天模様だった。まばらな学生と一緒に東京芸術大学の校門を出て、上野駅まで灯ともし頃の上野公園を突っ切って5分ぐらい歩いた。頬を撫でる風が怜悧なナイフのように感じられた。

 地下鉄銀座線で上野広小路、末広町、神田、三越前を経て、日本橋駅で下車し、海野と以前行ったことのある居酒屋〈株都〉に着いたのは六時少し前だった。天井の高い店内を見回して、海野がまだ来ていないことを確認した。海野に目立つように出入り口に一番近い席についた。
 二、三名の先客がいただけで、五十名以上は十分に収容できる店舗は閑散としていた。手持無沙汰の店員が早速オーダーを取りに来た。
 土岐は、その蝶ネクタイの店員に、
「相客が来るまで待ってくれ」
と伝えて、手帳を広げた。手帳には関西と北陸での調査メモがはみ出しそうなほどに書き込まれている。今年の上半期と比較すると、よく仕事をしているという充実感があった。
 六時を少し回ったところで、海野が飄々と現れた。
「・・・よう」
と人懐っこいような、馴れ馴れしいような挨拶をする。初対面からそういう人間であったことを土岐は思い出していた。相変わらず、近寄ると体臭が鼻を衝く。
「ごぶさたしています」
と土岐は亀が首を引っ込めるように頭を下げる。
「・・・どう?調査の方は」
「混乱しています」
「・・・こっちはもう完全に片付いた。おれはいま、おみやさん担当だ」
と海野は椅子にふんぞり返る。
「おみやさんと言うとコールドケースですか?」