土岐は確認のため廣川弘毅の法蔵寺での写真を見せた。
「廣川弘毅さんは、この右の方ですよね」
「・・・ええ・・・この、左の方も幾度か上野駅で見かけたことがありますよ。たしか、終戦直後、上野駅前で高そうな貴金属の露天商をやっていたと思います。でも、そのとき子供だったから高級品だったと思い込んでいたけど、本当は、安物だったかも知れないですね。わたし、浮浪児の靴磨きの隣に座って、商品を何時間も眺めていたから、この人のことよく覚えているんです。何とも言えない、頼りないような、情けないような、ほっとさせるような、癒し系の顔なんですよね。そのとき廣川さんも近くにいたような記憶がうっすらとありますが、同じ日だったのか、別の日だったのか、はっきりしません」
「廣川さんも露天商をやっていたんですか?」
「・・・廣川さんは、京都から運んできた縫物の針とか糸を売っていました。木のコマに巻いた糸とか、ボール紙のカードに巻いた糸とか・・・そのときが廣川さんを初めて見たときで、そこに住んでいると知ったのは、かなり後のことで、・・・それ以来、廣川さんが露天商をしているのを見たことはありません」
「失礼ですが、お生まれは何年ですか?」
「・・・昭和十五年です」
「そうすると、上野駅の露天商を見たというのは、六歳か七歳のころですか?」
「・・・そうです。小学校に上がったばかりの頃だと思います」
そこで土岐は名刺を出した。
「すいません、自己紹介が遅くなりました。ご存じかも知れませんが、廣川弘毅さんが先日、地下鉄の事故で亡くなられて、そのことでちょっと調査している者です」
「・・・廣川さん亡くなられたんですか。ニュースを見ていてひょっとしたらと思っていましたが、やっぱり、あの廣川さんだったんですか。でも、ここを引っ越されてから、もう四十年以上経つんじゃないでしょうか」
と老女は土岐の名刺を見ながら、懐かしげに言う。
「どうもありがとうございました」
その写真館を出て土岐は忘れないうちに手帳にメモ書きした。
〈終戦直後、上野駅で露天商=長田賢治・廣川弘毅。廣川弘毅が引っ越した後の家にマル総刑事の玉井要蔵が転居〉
「廣川弘毅さんは、この右の方ですよね」
「・・・ええ・・・この、左の方も幾度か上野駅で見かけたことがありますよ。たしか、終戦直後、上野駅前で高そうな貴金属の露天商をやっていたと思います。でも、そのとき子供だったから高級品だったと思い込んでいたけど、本当は、安物だったかも知れないですね。わたし、浮浪児の靴磨きの隣に座って、商品を何時間も眺めていたから、この人のことよく覚えているんです。何とも言えない、頼りないような、情けないような、ほっとさせるような、癒し系の顔なんですよね。そのとき廣川さんも近くにいたような記憶がうっすらとありますが、同じ日だったのか、別の日だったのか、はっきりしません」
「廣川さんも露天商をやっていたんですか?」
「・・・廣川さんは、京都から運んできた縫物の針とか糸を売っていました。木のコマに巻いた糸とか、ボール紙のカードに巻いた糸とか・・・そのときが廣川さんを初めて見たときで、そこに住んでいると知ったのは、かなり後のことで、・・・それ以来、廣川さんが露天商をしているのを見たことはありません」
「失礼ですが、お生まれは何年ですか?」
「・・・昭和十五年です」
「そうすると、上野駅の露天商を見たというのは、六歳か七歳のころですか?」
「・・・そうです。小学校に上がったばかりの頃だと思います」
そこで土岐は名刺を出した。
「すいません、自己紹介が遅くなりました。ご存じかも知れませんが、廣川弘毅さんが先日、地下鉄の事故で亡くなられて、そのことでちょっと調査している者です」
「・・・廣川さん亡くなられたんですか。ニュースを見ていてひょっとしたらと思っていましたが、やっぱり、あの廣川さんだったんですか。でも、ここを引っ越されてから、もう四十年以上経つんじゃないでしょうか」
と老女は土岐の名刺を見ながら、懐かしげに言う。
「どうもありがとうございました」
その写真館を出て土岐は忘れないうちに手帳にメモ書きした。
〈終戦直後、上野駅で露天商=長田賢治・廣川弘毅。廣川弘毅が引っ越した後の家にマル総刑事の玉井要蔵が転居〉


