老女の首がかしげられ、瞳が不安定に動いている。土岐は質問を続けた。
「奥さんの名前は圭子、お子さんは姉が民子、弟が浩司といいます。わたしは見たことがないんですが、奥さんはとてもきれいな人だったという話です」
おもむろに老女の口が動いた。
「・・・ああ、圭子さんね。お人形さんみたいな人だった。わたしより十歳ばかり年上の人だったけど、色が白くって、細面で、当時の時代劇の御姫様みたいな人だった。いつも着物を着ていて、高価な指輪とか、ネックレスとか、時計とか・・・それが、全然嫌味に感じなかった人だったわ。この店の前の通りをはさんで、こちら側が上野桜木町、あちら側が谷中清水町で、この店の前がパーマ屋で、その奥に豆腐屋があって、その間に廣川さんが住んでいました。わたしは子供だったけど、夏の蒸し暑い夜はどこの家も窓を開け放っていたから、夜中によく廣川さんの家の二階からマージャン牌をかきまぜている音が聞こえました。お酒を飲んで軍歌を歌っているのもよく聞こえてきました。賑やかなお宅だったことを覚えています。それにお金周りがよくって、この辺で、一番最初にテレビを買ったのは廣川さんでした。わたしも、何度かテレビを見せてもらったことがありました。力道山が全盛のときで、あと栃錦と若乃花が活躍していたころで、放送が始まる時間になると、近所の人が廣川さんの家の一階の居間の窓の外の欄干に、鈴なりになって見てましたよ。マイカーを最初に買ったのも廣川さんでしたね。当時は車庫証明が必要じゃなかったので、路上に止めていて隣の豆腐屋と年中もめてました。・・・でも、奥さんはどこかはかなげで、子供のわたしの目にも薄倖そうな感じがしました。引っ越して行ったのは、昭和四十年ごろでしょうか、・・・しばらく空き家だったんですが、そのあと、玉井という警察の方が引っ越してこられました。・・・近所じゃ、これで治安は大丈夫というんで、みんな安堵してました・・・」
老女の次の言葉を土岐が抑え込んだ。
「玉井要蔵という人ですか?」
「・・・さあ、下の名前まではちょっと・・・先代の郵便局長だったら覚えていただろうと思うんですが・・・その人も、隣の御屋敷のご主人が亡くなられて、相続税の物納で、土地を納めた関係で、そこがいまある公園になったときに引っ越されて、・・・その後、その家は取り壊されて今は小さなマンションが建っています」
「奥さんの名前は圭子、お子さんは姉が民子、弟が浩司といいます。わたしは見たことがないんですが、奥さんはとてもきれいな人だったという話です」
おもむろに老女の口が動いた。
「・・・ああ、圭子さんね。お人形さんみたいな人だった。わたしより十歳ばかり年上の人だったけど、色が白くって、細面で、当時の時代劇の御姫様みたいな人だった。いつも着物を着ていて、高価な指輪とか、ネックレスとか、時計とか・・・それが、全然嫌味に感じなかった人だったわ。この店の前の通りをはさんで、こちら側が上野桜木町、あちら側が谷中清水町で、この店の前がパーマ屋で、その奥に豆腐屋があって、その間に廣川さんが住んでいました。わたしは子供だったけど、夏の蒸し暑い夜はどこの家も窓を開け放っていたから、夜中によく廣川さんの家の二階からマージャン牌をかきまぜている音が聞こえました。お酒を飲んで軍歌を歌っているのもよく聞こえてきました。賑やかなお宅だったことを覚えています。それにお金周りがよくって、この辺で、一番最初にテレビを買ったのは廣川さんでした。わたしも、何度かテレビを見せてもらったことがありました。力道山が全盛のときで、あと栃錦と若乃花が活躍していたころで、放送が始まる時間になると、近所の人が廣川さんの家の一階の居間の窓の外の欄干に、鈴なりになって見てましたよ。マイカーを最初に買ったのも廣川さんでしたね。当時は車庫証明が必要じゃなかったので、路上に止めていて隣の豆腐屋と年中もめてました。・・・でも、奥さんはどこかはかなげで、子供のわたしの目にも薄倖そうな感じがしました。引っ越して行ったのは、昭和四十年ごろでしょうか、・・・しばらく空き家だったんですが、そのあと、玉井という警察の方が引っ越してこられました。・・・近所じゃ、これで治安は大丈夫というんで、みんな安堵してました・・・」
老女の次の言葉を土岐が抑え込んだ。
「玉井要蔵という人ですか?」
「・・・さあ、下の名前まではちょっと・・・先代の郵便局長だったら覚えていただろうと思うんですが・・・その人も、隣の御屋敷のご主人が亡くなられて、相続税の物納で、土地を納めた関係で、そこがいまある公園になったときに引っ越されて、・・・その後、その家は取り壊されて今は小さなマンションが建っています」


