法蔵飛魂

「・・・さあ・・・職業まではちょっと・・・。それから、同窓会の方とは違うらしいんですが、先々月でしたか、古い会報誌のコピーをお持ちになって、ある記事を書いた方を知らないかと尋ねて来た方がいました」
「それはどんな人ですか?」
「・・・ご老人でしたよ。八十は行ってたんじゃないでしょうか。記名の記事だったんで、この店にあった古い名簿でその記事を書いた方の住所を紹介したら、『その住所ならもう確認した。そのひとは、その住所にはもういない』とかおっしゃってました」
「どんな記事ですか?」
「・・・当時の教官の方が書かれたもので、終戦直前に三田という方が、事故か何かで、亡くなられたのを悼むというような記事でした」
「三田!三田法蔵ですか!」
 土岐は思わず大声を出していた。文房具屋の主人は足を一歩引いた。
「・・・下の名前まではちょっと・・・三田さんというのは確かだったと思います。この近所にそういう地名があるので良く覚えています」
「その老人というのは、長田と名乗らなかったですか?」
「・・・いえ、わたしがそのとき応対したんですが名前はおっしゃらなかったと思います」
 土岐は手帳に挟んであった法蔵寺でのスナップ写真のコピーを取り出した。
「この黒い法衣を着て数珠を持っている男ではなかったですか?」
「・・・こんなに若くはなかったと思いますが・・・」
と男は頭をひねる。
「これは、三、四十年前のものです」
 男は改めて写真を見直している。遠ざけたり、近づけたりしている。
「・・・そう言われてみれば、面影がありますね。でもそう言われたからなんで・・・」
 そこに老婆が現れた。二階が自宅になっているようで、長い昼寝でもしていたのか、ゴマ塩頭がぼさぼさだ。寝ぼけたようなしわだらけの眼で、何ごとかと土岐の顔を胡散臭そうにじろじろ見ている。店主が声をかけた。
「・・・ああ、お母さん。三田法蔵って人のこと聞いたことある?」
 老婆のしょぼついた目が一気に丸くなった。
「・・・聞いたことあるわよ。ずいぶん、昔の話だけど・・・」
 そう言いながら老婆は土岐に近寄ってくる。手の触れる距離だ。
「・・・昔は、海軍の集まりに夫婦でよく参加したのよ。わたしのことKAって言うのよね。何のことかと思ったら、かあちゃんとか、かみさんとかの略なんだって。・・・まあ、暗号ってほどのことはないわよね」