法蔵飛魂

 品川駅に到着したのは夜の九時ごろだった。東京の夜の明かりが懐かしく感じる。そのまま、蒲田駅で降りた。陋屋ではあるが、蒲田の自宅事務所が恋しくなっていた。蒲田駅前のコンビニエンス・ストアで買い物を済ませ、土岐が飛ぶように事務所に戻ったのは九時半ごろだった。すぐにでもビールを飲みたい気分だったが、先に関西滞在中に手帳にメモした調査日誌をパソコンに全部打ち込んだ。最後は今日の分だった。
 
専門商社久邇商会(十月六日 水曜日)

 翌朝、パソコンを立ち上げて、インターネットの検索サイトで、〈中村貞江〉を検索してみた。意味のあるヒットは一件もなかった。次に、同じ検索サイトで、〈久邇商会〉という専門商社の情報を改めてチェックした。会社概要では設立は昭和十九年で、東京証券取引所第一部に上場したのは、昭和四十四年になっている。主な業務は輸入高級ブランド品や貴金属の販売で、テレビCMで流されている自社ブランドもいくつか持っている。IR情報によると大口の株主構成は、信託口が五つ、大手都市銀行が二行、生損保が一社で、土岐の目を惹いたのは、商社として八紘物産がはいっていることだった。
 蒲田の事務所を出て、京浜東北線の新橋駅から地下鉄銀座線で次の虎ノ門駅で降り、文部科学省前の交差点の交番で八紘物産の所在を確認した。
 アメリカ大使館前の桔梗会館の五階の久邇商会の本社受付で名刺を出して、会長の久邇頼道に面会を求めた。大物の場合は予約を取らないのが土岐の流儀だ。事前予約では断られるのが普通だからだ。
 受付左の二十平米ほどの豪勢な応接室でかなり待たされた。50インチほどの液晶テレビがあり、それが見やすい位置にカウチソファが配置されている。枕にちょうどよさそうな背クッションがあり、センターテーブルにはキャスターが付いていて、大きな抽斗と空洞になっている収納がある。応接空間と言うよりもリビング空間と言った方がふさわしい。
 土岐は三人掛けのソファーに腰を下ろしていた。体が深く沈んでいた。やがてやってきたのは、グレー地の三つ揃えを着たオールバックの中年の男だった。土岐より少し年上のように見える。土岐が受付嬢に渡した名刺を持っている。
「・・・たいへん、お待たせしました。いま会長は会議中でちょっと、席を外せないので、よろしければ、代わりにわたくしがご用件を伺います」