と言って色白の若い男は奥の廊下の闇に消えた。5分ほどして、その男が古色粗然とした大学ノートを持って戻って来た。そのノートを見開きながら言う。
「・・・お骨を預かれば、当然、読経しているので、記録があると思います」
「お経をあげた記録があるんですか?」
と土岐は間の抜けたようなことを言う。
「・・・先代の住職は几帳面な方で、・・・もう、とっくに亡くなられたんですけど、・・・日記のような形で読経の記録をとっていたそうです。殆どが阿弥陀経で、無量寿経や観無量寿経を唱えることは殆どなかったようですね」
「お経で違いがあるんですか?」
「・・・一番短いのが阿弥陀経で、殆どの場合、このお経しかあげないんですよ。実際、私もそうですが、観無量寿経や無量寿経は長くて、疲れます。会葬者も当然そうだろうと思います。会葬者の多い多少長い葬式でも、焼香のときは、阿弥陀経を繰り返します。最近は、南無阿弥陀仏だけを繰り返すことも多いですね」
そう言いながら、その小太りの男は大学ノートをめくり、ある頁を開くと土岐に尋ねた。
「・・・昭和20年の8月15日ごろで、俗名は何というんですか?」
「三田法蔵といいます」
男の目線は土岐を捉えたまま動かない。土岐は補足した。
「三つの田んぼに法律の法と蔵、と書きます」
聞きながら、男の目線が大学ノートの罫線の上を走り始めた。目線を動かしながら言う。
「・・・すごいお名前の方ですね」
「といいますと?」
「・・・法蔵というのは、阿弥陀様が菩薩だったときの名前です。名前を付けられた方は熱心な浄土教の信者でしょうね」
「ええ、子供のころは法雄と言ったらしいんですが、僧籍名が法蔵ということです」
男の指が大学ノートの罫線をなぞっている。
「・・・そうですか、在家の方ではないんですか。それじゃ、その得度をうけたお寺に舎利はとっくに返されているんじゃないでしょうか」
「敦賀の法蔵寺へ、ですか?」
「・・・法蔵寺の方だったんですか」
と言った男の指先が止まった。土岐は思わず近寄って、大学ノートを覗き込んだ。
「ありましたか」
「・・・たぶんこの方ですね。戒名が釈法蔵、となってますね。でも、無縁仏ですね」
「まだ、こちらのお寺にお骨はあるんですか?」
「・・・無縁仏だと、普通、こちらでお預かりするはずなんですが、どなたかが、引き取られたようですね」
「誰ですか?」
「・・・お骨を預かれば、当然、読経しているので、記録があると思います」
「お経をあげた記録があるんですか?」
と土岐は間の抜けたようなことを言う。
「・・・先代の住職は几帳面な方で、・・・もう、とっくに亡くなられたんですけど、・・・日記のような形で読経の記録をとっていたそうです。殆どが阿弥陀経で、無量寿経や観無量寿経を唱えることは殆どなかったようですね」
「お経で違いがあるんですか?」
「・・・一番短いのが阿弥陀経で、殆どの場合、このお経しかあげないんですよ。実際、私もそうですが、観無量寿経や無量寿経は長くて、疲れます。会葬者も当然そうだろうと思います。会葬者の多い多少長い葬式でも、焼香のときは、阿弥陀経を繰り返します。最近は、南無阿弥陀仏だけを繰り返すことも多いですね」
そう言いながら、その小太りの男は大学ノートをめくり、ある頁を開くと土岐に尋ねた。
「・・・昭和20年の8月15日ごろで、俗名は何というんですか?」
「三田法蔵といいます」
男の目線は土岐を捉えたまま動かない。土岐は補足した。
「三つの田んぼに法律の法と蔵、と書きます」
聞きながら、男の目線が大学ノートの罫線の上を走り始めた。目線を動かしながら言う。
「・・・すごいお名前の方ですね」
「といいますと?」
「・・・法蔵というのは、阿弥陀様が菩薩だったときの名前です。名前を付けられた方は熱心な浄土教の信者でしょうね」
「ええ、子供のころは法雄と言ったらしいんですが、僧籍名が法蔵ということです」
男の指が大学ノートの罫線をなぞっている。
「・・・そうですか、在家の方ではないんですか。それじゃ、その得度をうけたお寺に舎利はとっくに返されているんじゃないでしょうか」
「敦賀の法蔵寺へ、ですか?」
「・・・法蔵寺の方だったんですか」
と言った男の指先が止まった。土岐は思わず近寄って、大学ノートを覗き込んだ。
「ありましたか」
「・・・たぶんこの方ですね。戒名が釈法蔵、となってますね。でも、無縁仏ですね」
「まだ、こちらのお寺にお骨はあるんですか?」
「・・・無縁仏だと、普通、こちらでお預かりするはずなんですが、どなたかが、引き取られたようですね」
「誰ですか?」


