右手に築地塀が見えてきた。信長塀と呼ばれているという説明書きがある。
「三田法蔵は、眠くはなかったんですかね?」
「・・・彼はよく、昼休みに居眠りしていた。他の隊員はおしゃべりしたり、手紙の読み書きをしていたが、彼だけは別だった。話が合わなかったということもある。早稲田や慶応の学生は、ご飯の中にコクゾウムシが入っていると、『気持ち悪くて食えない』と言って、指でご飯茶わんからつまみだして食べなかったが、彼は、『コクゾウムシは米しか食べていないから、コメと同じだ』と言って、喜んで食べていた。入隊して、あまりに激しい訓練で疲れきって食欲をなくし、げっそりとやせてしまった者が多かった中で、彼だけが逞しくなって行った。おれは彼は天才ではないと見ていた。たぐいまれな努力家だと考えていた。それがわかったのは、彼が死んで、遺品の整理をしていた時だ。ハンモックの中から錆びた縫い針が出てきた。縫い針としては使い物にならないほど錆びていたので、最初はなんで彼のハンモックに錆びた縫い針があったのか分からなかったが、すこし血の臭いがしたのと湯灌したときに彼の体中に赤い点々が無数にあったので、彼が縫い針で自分の体を刺していたことが分かった」
「それは、リストカットみたいなものですか?」
「・・・いや、違う。眠気覚ましだ。たぶん、真夜中、ハンモックの中で勉強している時に眠気に襲われると、自分の体を縫い針で刺していたんだと思う」
「でも、なんで、それほどまでして、いい点をとろうとしたんでしょう?」
「・・・たぶん、教官が、学徒兵のモチベーションを高める目的で、『飛行機が殆どないので、成績の良い者から特攻させる』と言ったからじゃないだろうか。彼は一番になりたかったんだ」
右手前方に大楠が見えてきた。説明書きに弘法大師が植えたとある。
「でも、ほとんどの人は、特攻に行きたくなかったんですよね」
「・・・だから、彼の優秀さが際立ったんだ。みんな、うっかり一番になったら特攻に行かなければならないと思っていた。勉学に身が入らなかった。勉学の手を多少ぬいても、後ろめたい気持ちにはならなかった」
「でも、三田法蔵さんは、なんでそんなに特攻に行きたかったんでしょうか?」
「三田法蔵は、眠くはなかったんですかね?」
「・・・彼はよく、昼休みに居眠りしていた。他の隊員はおしゃべりしたり、手紙の読み書きをしていたが、彼だけは別だった。話が合わなかったということもある。早稲田や慶応の学生は、ご飯の中にコクゾウムシが入っていると、『気持ち悪くて食えない』と言って、指でご飯茶わんからつまみだして食べなかったが、彼は、『コクゾウムシは米しか食べていないから、コメと同じだ』と言って、喜んで食べていた。入隊して、あまりに激しい訓練で疲れきって食欲をなくし、げっそりとやせてしまった者が多かった中で、彼だけが逞しくなって行った。おれは彼は天才ではないと見ていた。たぐいまれな努力家だと考えていた。それがわかったのは、彼が死んで、遺品の整理をしていた時だ。ハンモックの中から錆びた縫い針が出てきた。縫い針としては使い物にならないほど錆びていたので、最初はなんで彼のハンモックに錆びた縫い針があったのか分からなかったが、すこし血の臭いがしたのと湯灌したときに彼の体中に赤い点々が無数にあったので、彼が縫い針で自分の体を刺していたことが分かった」
「それは、リストカットみたいなものですか?」
「・・・いや、違う。眠気覚ましだ。たぶん、真夜中、ハンモックの中で勉強している時に眠気に襲われると、自分の体を縫い針で刺していたんだと思う」
「でも、なんで、それほどまでして、いい点をとろうとしたんでしょう?」
「・・・たぶん、教官が、学徒兵のモチベーションを高める目的で、『飛行機が殆どないので、成績の良い者から特攻させる』と言ったからじゃないだろうか。彼は一番になりたかったんだ」
右手前方に大楠が見えてきた。説明書きに弘法大師が植えたとある。
「でも、ほとんどの人は、特攻に行きたくなかったんですよね」
「・・・だから、彼の優秀さが際立ったんだ。みんな、うっかり一番になったら特攻に行かなければならないと思っていた。勉学に身が入らなかった。勉学の手を多少ぬいても、後ろめたい気持ちにはならなかった」
「でも、三田法蔵さんは、なんでそんなに特攻に行きたかったんでしょうか?」


