法蔵飛魂

 土岐はワープロ印字の名簿の三田法蔵の同期で同じ第五班二十名の名簿の中から存命の三名の連絡先を手帳に写した。それぞれ鳥取の自営業で薬屋を営んでいる者、仙台の木材商で有限会社の社長になっている者、名古屋の熱田で無職の者たちだった。他の班員はことごとく物故していた。最後に奥付を手帳に写した。
 同窓会事務所は新橋にあり、住所は、〈新生印刷株式会社〉という印刷会社と同じだった。
「先々月も三田さんのことを聞きに来られた方がいたわ。蝉が鳴いていた頃だったと」
 土岐は誰何せずにはいられなかった。
「どんな人でした?」
「ご高齢でしたよ。午前中に来られて、夕方までおられたような記憶があります。会報誌の記事を読んで、滂沱の涙をながされて、コピーを取ってゆかれました。・・・記事に記録者の名前があったので、その名前で名簿で住所を探されて、メモを取って行かれました」
「そのひと、記帳したでしょうね」
「・・・さあ、・・・普通の人は、入館すると必ず記帳するけど、・・・若い人は、ひやかし半分で入館するので、・・・中には記帳しない人もいますよ」
「先々月のいつ頃ですか?」
「・・・八月末だったと思います」
「曜日は分かりますか?」
 老女は考え込んだ。腕組みをして、首を振っている。
「・・・すいていたので、土日ではないと思うんですが・・・」
「すいません、閲覧させてもらえますか?」
「・・・記帳を、ですか?」
〈なんのために?〉と言いたげに老女は、
「・・・どっこいしょ」
と掛け声を出して億劫そうに立ち上がった。事務室の奥の書類棚から、横長の記帳ノートを出してきた。表に、黒いサインペンで、〈八月分〉と書いてあるのが見えた。
 土岐はそれを受け取ると、八月三十一日分から、記帳された名前に目を通して行った。達筆、悪筆、乱筆、速筆、みみずののたうち、金釘文字、右上がり、かすれ文字、はみ出し文字、まめ文字・・・さまざまな署名が並んでいる。
 その中の一行に、土岐の目はくぎ付けになった。〈長田賢蔵〉という署名は、他の署名と比較すると、老獪さが際立っていた。決してうまい字ではなかった。土岐はその署名を老女に指し示した。
「この、長田賢蔵、という人に記憶はないですか?」
「・・・さあ、・・・会報誌のコピーを取った人の名前ですか?」