「部屋迄行ってくれますか」
と土岐が背後を振り返らずに言う。林は目線をエレベータホールに固定したままの姿勢で立ち上がった。
「僕は顔を知られているのでここで待機しています。何か動きがあったら携帯電話で連絡をお願いします。彼女がシャワーでも浴びて部屋に落ち着くようだったら夕飯に行きましょう」
と林の背中に声を掛けた。林は足早にエレベータホールに向かった。三階でエレベータを降りると305号室を探し、廊下の人通りに気を遣いながらうつむき加減に奈津子の部屋の前迄来た。ノックをする振りをして部屋の中の物音に注意するとシャワーを浴びている様子はなかった。微かな物音がするので在室であることは間違いなかった。林は部屋から少しはなれ部屋を背にして土岐に電話をかけた。
「林です。シャワーを浴びている様子はないけれどどうしますか?」と聞かれても、土岐に具体的な指示はできなかった。
「もう少し様子を見ましょうか」
と曖昧な指示を出したところで奈津子が黒いワンピースの肩にシフォンボレロを掛け、ショールカラーのジャケットに着替えて部屋から出てきた。林はそれを一瞥で確認した。あわてて廊下をエレベータホールとは逆方向に歩きながら、携帯電話を切った。土岐は、
「ハロー、ハロー」
と言い続けた。切れたことが分かって土岐が待ち受け画面にしたところに再び林からかかってきた。
「今そっちに行きました」
土岐がエレベータホールを背にしてホテルの出入口に向かう人の後姿を注意深く追っていると奈津子が背後から現れた。傍らに背の高い銀髪の白人と背の低いアジア人がいた。白人がベルボーイと何かを話している。タクシーを呼んでもらっている。
そこに林が息を切らせて非常階段の方角から戻ってきた。
「車をこちらに持ってきますから、彼女がどちらに行くか見届けておいて下さい。携帯電話をかけっぱなしにしておいて下さい」
と言うなり、駐車場へ小走りに駆けて行った。足が速いとは言えないが定年を迎えた老人にしては不恰好ではあるものの身軽に見えた。
土岐は奈津子と白人とアジア人の三人がタクシーに乗り込むのを回転扉の陰で確認した。外に飛び出した。低姿勢でイエローキャブを追いかけた。フリーウエイを北上するところ迄確認した。息が切れた。陽がほぼ没し、首筋に冷たい夜気を感じた。
何かわめいている携帯電話を耳にすると、林の声がした。
と土岐が背後を振り返らずに言う。林は目線をエレベータホールに固定したままの姿勢で立ち上がった。
「僕は顔を知られているのでここで待機しています。何か動きがあったら携帯電話で連絡をお願いします。彼女がシャワーでも浴びて部屋に落ち着くようだったら夕飯に行きましょう」
と林の背中に声を掛けた。林は足早にエレベータホールに向かった。三階でエレベータを降りると305号室を探し、廊下の人通りに気を遣いながらうつむき加減に奈津子の部屋の前迄来た。ノックをする振りをして部屋の中の物音に注意するとシャワーを浴びている様子はなかった。微かな物音がするので在室であることは間違いなかった。林は部屋から少しはなれ部屋を背にして土岐に電話をかけた。
「林です。シャワーを浴びている様子はないけれどどうしますか?」と聞かれても、土岐に具体的な指示はできなかった。
「もう少し様子を見ましょうか」
と曖昧な指示を出したところで奈津子が黒いワンピースの肩にシフォンボレロを掛け、ショールカラーのジャケットに着替えて部屋から出てきた。林はそれを一瞥で確認した。あわてて廊下をエレベータホールとは逆方向に歩きながら、携帯電話を切った。土岐は、
「ハロー、ハロー」
と言い続けた。切れたことが分かって土岐が待ち受け画面にしたところに再び林からかかってきた。
「今そっちに行きました」
土岐がエレベータホールを背にしてホテルの出入口に向かう人の後姿を注意深く追っていると奈津子が背後から現れた。傍らに背の高い銀髪の白人と背の低いアジア人がいた。白人がベルボーイと何かを話している。タクシーを呼んでもらっている。
そこに林が息を切らせて非常階段の方角から戻ってきた。
「車をこちらに持ってきますから、彼女がどちらに行くか見届けておいて下さい。携帯電話をかけっぱなしにしておいて下さい」
と言うなり、駐車場へ小走りに駆けて行った。足が速いとは言えないが定年を迎えた老人にしては不恰好ではあるものの身軽に見えた。
土岐は奈津子と白人とアジア人の三人がタクシーに乗り込むのを回転扉の陰で確認した。外に飛び出した。低姿勢でイエローキャブを追いかけた。フリーウエイを北上するところ迄確認した。息が切れた。陽がほぼ没し、首筋に冷たい夜気を感じた。
何かわめいている携帯電話を耳にすると、林の声がした。


