祭りのあと

 火曜日、警察統計研究所で土岐が調査報告書をワープロで書いていると、昼近くに南條から電話連絡があった。
「警視正のご威光は偉大だ。チケット取れたぞ。研究所はどう?」
「大丈夫だと思います」
と土岐は知らず知らず小声で話していた。
「ロスに行くとは言うなよ。どこから情報が漏れるか分からない。飛行機は奈津子の一便前のを取ったから先に行って待ち伏せだ。現地に俺の知り合いがいるから、出迎えさせる。林という台湾人だ。もうリタイアしているから、大丈夫だ」
「リンさんですね」
「チケットとパスポートは署の受付に置いとく。帰りに寄ってくれ。用件は一緒のメモに書いておく」
と言いたいことだけ言って切れた。土岐は、深野に申し出た。
「一人住まいの叔母の具合が悪いようなので明日から今週いっぱいは休ませて欲しいんですが」
「おばさんの具合が良くなる迄構わない。調査報告書の方はだいたいできているようだからあとは能美さん一人で大丈夫」
と了承を得た。夕方、研究所を定時に去るとき帰り際に亜衣子が、
「おば様お大事に」
と気遣ってくれた。その言葉に涙こそ出ないもののほろりとした。
 土岐は約束通り、墨田署に寄り、受付で封筒を受取った。開封すると自分のパスポートとエアチケットと林の連絡先と南條からのメモがはいっていた。その場で、開けて読んだ。
〈永山奈津子の行動を逐一報告してくれ。現地滞在は林博治が面倒をみてくれるはずだ。明日空港に出迎えに来ているはずだ。支度金も小遣いも支給できないがその辺は帰国後、安禄山で埋め合わせる。この航空費用は裏金からでているので他言無用〉
 翌朝、成田へは京成本線の正午過ぎの特急で向かった。成田空港についてからは、都市銀行に寄り、残高を千円単位で全て下ろした。金欠の情けない思いに空港ビル内に木霊するアナウンスがうつろに聞こえてきた。なけなしのカネの中から書店でロスアンゼルスのガイドブックを購入した。そこでCDLの固定電話の方にかけてみた。
「はい、渉外係です」
「永山奈津子さんは、おられますか」
「今週いっぱいは、出社しませんが、どちら様でしょう?」
「統計研究所の土岐と申します。どちらへ行かれたのでしょうか?」
「アメリカの方へ、今日の夕方立つ予定です」
「アメリカのどちらのほうへ?」
「ロサンゼルスへ。ホスピタリティコンベンションに参加します」