祭りのあと

と言ったなり南條は黙った。長い沈黙を保ったまま先刻の有楽町の旅行代理店に引き返した。店の前に車を止めると南條は土岐を連れて店の中に入った。警察手帳を出してカウンターの店員に見せた。
「こういう者だけどちょっと話を聞かせて下さい。さっき、三十分くらい前かな、永山奈津子という人が来たでしょう?」
と言うと、丸顔の女性店員は、
「それなら担当は彼です」
と奥の浅黒い男性社員を振り返った。その男はカウンターに近づきながら南條の方を見た。
「彼女はチケットでも受取りに来たのかな?」
「ええ、ロサンゼルス行きの。あさっての夕方ごろの便です」
「帰りの便は?」
「たしか、現地発が今週の金曜日だったと思います」
「金曜に帰国か。あの客とは顔見知り?よくここに来るの?」
「顔見知りと言う程では。年一回くらいで。綺麗な人なんで印象に」
「去年は品のいいご老人と。お父様とおっしゃってましたが、その方とご一緒で。その方は一昨年はお一人でお嬢様の分とご自分の分のチケットをお取りに来られたと思います」
「毎年来てるんですか?」
「少なくとも支店を任された五年前から」
「そう。ありがとう」
と言いながら名刺を渡そうとしてやめた。奈津子に知られる可能性を恐れた。南條はその店をさっさときりあげた。車に乗り込むなり、
「さてと、ところでパスポートは持っているか?」
「どっちのですか?CDLのか、海外旅行用のか」
「海外旅行用だ」
「ありますが、再来月に切れます」
「半年ないと、入国審査でケチつけられるかも知れねえが、帰りのチケットを見せて、サイトシーイングだと言い張れば大丈夫だろう。急でなんだけど、あさって、ロスに行ってもらえっかな?」
 土岐は声が出なかった。
「あすの午前中経理を脅して裏金が使えて空席があればの話だが」
「統計研究所の方はもう作業が殆ど終わって、あとは調査報告書におとすだけなんで、深野課長の承諾は、得られるとは思うんですが」
「とりあえずお前のアパートに寄ってパスポートを預る」
 有楽町から、昭和通りに出て入谷経由で千住大橋を渡ると、五分もしないうちに土岐の二階建ての安アパートに着いた。南條は、一階の玄関口で土岐のパスポートを受取ると、日の落ちかけた薄ら寒い隅田川方向へ軽自動車で去って行った。

9 裏金出張