祭りのあと

「それが甘い。人間関係のネットワークはどこでどう繋がっているか分からない。さっきのサラリーマンがこの銀行の行員と友人関係にあれば明日昼飯時に『昨日の四時頃お前の店の外に怪しい奴が二人、中の様子を窺っていた』と言うかも知れない。その情報は銀行員から永山奈津子に伝わり警戒され証拠隠滅が図られるかも知れない。人間の口と耳はどこでどうつながっているか分からない。本人にとって不都合な情報は本人に伝わらないから鈍感な奴は悪口を言われていることに全く気づかない」
「そんなこと考えたら、なんにも、できないんじゃないですか?」
「いいか、あの能美とかいうコマネチねえちゃんとデートするときは研究所の連中の悪口を言っちゃあならねえぞ。ねえちゃんが、何気なくお前の言った悪口を他の連中にいうと、そのことが組織の中で利用される。当然、自分にとって有利になるように利用するわけだから、お前にとっては、不利になる。アルバイトだから、どうということもないかも知れねえが、組織っちゅうもんはそゆうもんだ。ひとの口っちゅうもんもそうゆうもんだ。お前もいずれ、ちゃんとした組織に就職するだろうから、そういうことに気をつけたほうがいいぞ。つまらんことだと思うかも知れねえが、人生を左右する」
 南條の携帯電話の着信音がした。ふた言み言、小声でやり取りがあった。切ってから南條が携帯電話の内容を土岐に教えた。
「BMWの持ち主は長田という大阪の男だ。職業は写真屋だ」 
 そのとき銀行の中で動きがあった。運転手の長田がくわえ煙草で黒く薄いアタッシュケースをカウンターの上に乗せて開けた。ノーネクタイの銀行員らしき男がその傍らに札束を置く。奈津子が書類に何かを書き込んだ。長田は煙草を灰皿で揉み消す。札束をアタッシュケースに入れて閉めた。ダイヤルを回した。それと同時に奈津子が書き込んだ書類を銀行員に渡した。二人が立ち上がり始めると、
「いくぞ、走れ」
と南條は吸い掛けのピースを揉み消した。低音で叫びながら走り出した。そのビルから飛び出した。軽自動車に向かった。土岐も慌ててそれに続いた。冷気が頬を打った。
「一千万あったな。あの一束は百万だ」
と南條は軽やかに走った。底がゴムで靴音がしない。南條と土岐が軽自動車に駆け込んだ。奈津子が先頭に立って運転手とビルから出てきた。左右を見渡すでもなく、警戒心が全く見受けられなかった。