祭りのあと

 東京行きの電車の中で、頭の中に浮かんだのは奈津子の面差しと運転手の胸についていたバッジだった。その二つが交互に頭の中を二重螺旋状に回転していた。螺旋は下向きに回転しているが、奈津子のイメージとバッジはエッシャーのだまし絵のように、何回回転しても下方へ降りて行かなかった。東京駅に着いても、そうした不安定な、高揚した精神状態が続いていた。どこへ行くべきか決断のつかないまま山手線への長い連絡通路を歩きながら動く歩道に乗っているような感覚に襲われた。飲食店街のあるコーンコースに出た。書店やファストフード店の店先をうつろに眺めながらあるコンビニの前で立ち止まった。おでんというキーワードが舌をやけどしそうな熱さとともに突然脳裏を駆け巡った。蒟蒻かはんぺんというキーワードが次にもっこりと湧いてきた。南條刑事の手帳のメモ図が思い出された瞬間、土岐は携帯電話をポケットから取り出して手にしていた。雑踏の中で着信履歴から南條の電話番号を探し出すのももどかしく掛けてみた。呼び出し音が鳴る。出ない。そのうち留守番電話のメッセージが流れた。土岐はしかたなくメッセージを入れた。「土岐です。例のバッジを目撃しました。いま東京駅です」
 南條からの電話を待つ間に岩槻先生に例のバッジの印の意味を聞いてみることにした。岩槻先生は専門以外の知識についてディレッタントとして教授仲間では有名だった。論文作成に精を出していない手前、なんとなく後ろめたい気持ちがした。すがる思いだった。
岩槻先生への連絡はパソコンのメールに送信することになっている。
@深野先輩のアルバイトは長引いています。当面の生活費が確保されました。学期中の文科省の科研費のアルバイトともども感謝いたしております。つかぬ事をうかがいますが三角形をいくつか串に刺したような図柄(▽▽▽―)について何の記号かご存じないでしょうか。お忙しい事とは存じますが、ご返信いただければ幸甚です@
 送信し終えて、上りのエスカレーターに身を任せながら、山手線のプラットホームに向かいかけたとき、携帯電話の着信音が鳴った。
「南條だ。いま東京駅だって?こっちは出先だが、こないだの居酒屋でどうかな。いま行くと五時前に着くかも知れねえな。あの店、五時からでないとのれんを出さんけど、週末の金曜だし、俺の方から大将に予約入れとっから、先に行って待っててくれる?」