「刑事仲間では戦後の代表的な誘拐事件の犠牲者の供養のために建立された吉展地蔵尊がこの寺の入口にあるので有名だ。特に物証の乏しい中、誘拐犯を自供に追い込んだ刑事は我々ノンキャリの鑑だ」
と南條が話すうちに三人は白鬚橋を渡り終えていた。南條は感慨深げに隅田川の川面に目を落としていた。冷たい川風が優しく撫でるように野球帽からはみ出したまばらな頭髪をもてあそんでいる。
亜衣子はまるで聞いていなかった。
「去年溺死した彼女がもしCDLに行ってたとしたら繋がります」
と亜衣子が話を元に戻した。待ちきれないように先刻から考えていた推理をそう吐露した。
三人は隅田川沿いに言問橋方向に下って行った。一番足の早い南條が一番足の遅い亜衣子に歩度を合わせている。思い通りの速さで歩けない土岐が敬子の転落死の現場検証について確認するように、
「敬子の転落現場の非常階段の手すりに彼女の靴のあとも指紋もなかったということですが、あの遺影にあったフォスベリー跳びで捜査は落着したんですか」
「そういうこった。あの狭い踊り場のスペースで助走もなく、背面跳びで手すりを跳び越えられるか。一応、中学校の顧問の体操の先生にお願いして検証してみたんだが、選手ならほとんど助走なしで一メーターくらいなら跳べるというんだ。それで一件落着。そうだとすれば横向きに落下したこととも辻褄があう」
「昨日そのことを教えてくれなかったわ」
「教えたら、お前らはそれ以上考えねえだろう。結論を導びくような情報を提供するのは誘導尋問のようなものだ。これが俺のやり方」
それを聞いて土岐はなる程というように深くうなずいた。白鬚橋から五分程歩いたところに、二十間程続く黒塀があった。真ん中あたりに黒塗りの洒落た門構えが見え、その両脇に背の高い松の木が二本望めた。住居表示を見ると、
〈1丁目1番34号〉
となっていた。
「こんなところに料亭があるんですか」
と土岐が頓狂な声をあげた。
「粋な黒塀ェ、見越しの松をォー?」
と南條が節をつけて歌う。
「なんですか、それ?」
「『お富さん』てえ歌だ。歌はともかく、この屋敷は料亭ではねえ。やくざかなんかのその筋の囲われ者の家らしい。ここの部落の出身らしい。だれもが小金をためると、ここから出て行くんだけどね」
「部落ってなんですか?」
と南條が話すうちに三人は白鬚橋を渡り終えていた。南條は感慨深げに隅田川の川面に目を落としていた。冷たい川風が優しく撫でるように野球帽からはみ出したまばらな頭髪をもてあそんでいる。
亜衣子はまるで聞いていなかった。
「去年溺死した彼女がもしCDLに行ってたとしたら繋がります」
と亜衣子が話を元に戻した。待ちきれないように先刻から考えていた推理をそう吐露した。
三人は隅田川沿いに言問橋方向に下って行った。一番足の早い南條が一番足の遅い亜衣子に歩度を合わせている。思い通りの速さで歩けない土岐が敬子の転落死の現場検証について確認するように、
「敬子の転落現場の非常階段の手すりに彼女の靴のあとも指紋もなかったということですが、あの遺影にあったフォスベリー跳びで捜査は落着したんですか」
「そういうこった。あの狭い踊り場のスペースで助走もなく、背面跳びで手すりを跳び越えられるか。一応、中学校の顧問の体操の先生にお願いして検証してみたんだが、選手ならほとんど助走なしで一メーターくらいなら跳べるというんだ。それで一件落着。そうだとすれば横向きに落下したこととも辻褄があう」
「昨日そのことを教えてくれなかったわ」
「教えたら、お前らはそれ以上考えねえだろう。結論を導びくような情報を提供するのは誘導尋問のようなものだ。これが俺のやり方」
それを聞いて土岐はなる程というように深くうなずいた。白鬚橋から五分程歩いたところに、二十間程続く黒塀があった。真ん中あたりに黒塗りの洒落た門構えが見え、その両脇に背の高い松の木が二本望めた。住居表示を見ると、
〈1丁目1番34号〉
となっていた。
「こんなところに料亭があるんですか」
と土岐が頓狂な声をあげた。
「粋な黒塀ェ、見越しの松をォー?」
と南條が節をつけて歌う。
「なんですか、それ?」
「『お富さん』てえ歌だ。歌はともかく、この屋敷は料亭ではねえ。やくざかなんかのその筋の囲われ者の家らしい。ここの部落の出身らしい。だれもが小金をためると、ここから出て行くんだけどね」
「部落ってなんですか?」


