「右岸のナイター施設のあるのが、野球場とテニスコートだ。その脇に薄っすらと川にかかっているのが一番新しく隅田川に掛けられた桜橋だ。歩行者専用の唯一の橋だ。あの橋からこちら側に飛び込んだ。ホームレスの段ボールハウスは東岸にしかない。ここからみると左手だ。というか、そういう空間は東岸の高速道路の下しかない。つまり墨田署の管内だ」
再び歩き始めると今度は右前方を指差した。
「この方角が荒川区で昔の小塚原だ。浅草、山谷から延びる陸羽街道と明治通りが交差する泪橋で右折すると道路がJR常磐線と地下鉄日比谷線を潜るようになっている。そこが江戸時代の刑場だった。今は延命寺と回向院別院になってる。二千坪足らずだから野球場より一回り狭い感じか。回向院には斬首された橋本左内や吉田松陰が埋葬されている。刑場は多くの無念の思いの二十万人程の罪人の血をたっぷり吸ってるから祟りがありそうだと思うのが当然だろう。しかしこの一見残酷とも思える大量処刑が江戸の治安に多少貢献したと言えなくもねえ。性悪な親の子供は多くの場合、性悪に育つ。性悪な親から善良な子が育てば美談になる。美談になるということは稀だということだ。巡査になって最初に回されたのが生活安全部少年課というところだ。不良の家庭訪問をすると一様に荒んでる。父親はぷー太郎か日雇いの呑んだくれ、母親はあばずれの水商売が通り相場だ。かならずしも金の問題じゃねえんだ。金があったって子供は家庭の細やかな愛情がねえとまともには育たねえ」
と言いながら南條は土岐と亜衣子の顔を交互に見た。
「お前らの家庭はまともだったようだな。明治になって西洋諸国の真似して処刑は残酷だということでだいぶ死刑が減った。そのせいでもねえだろうが犯罪はいつ迄たっても減らねえ。いずれにしてもこの土地は非業の死を遂げた人間の血で汚染されてる。だから高さ三メートル程の首切地蔵が建てられてる。杉田玄白や前野良沢が腑分けしたのもここだ。毒婦と言われた高橋お伝もここに葬られてる。お伝の墓は谷中の墓地の公衆便所の隣にもある。局部が切り取られて東大の医学部の地下に保管されてる。かなり大きかったらしい」
土岐は亜衣子の表情を盗み見た。不愉快そうな顔をしていると思った。南條の言った意味が理解できなかったのか平静を保っている。
再び歩き始めると今度は右前方を指差した。
「この方角が荒川区で昔の小塚原だ。浅草、山谷から延びる陸羽街道と明治通りが交差する泪橋で右折すると道路がJR常磐線と地下鉄日比谷線を潜るようになっている。そこが江戸時代の刑場だった。今は延命寺と回向院別院になってる。二千坪足らずだから野球場より一回り狭い感じか。回向院には斬首された橋本左内や吉田松陰が埋葬されている。刑場は多くの無念の思いの二十万人程の罪人の血をたっぷり吸ってるから祟りがありそうだと思うのが当然だろう。しかしこの一見残酷とも思える大量処刑が江戸の治安に多少貢献したと言えなくもねえ。性悪な親の子供は多くの場合、性悪に育つ。性悪な親から善良な子が育てば美談になる。美談になるということは稀だということだ。巡査になって最初に回されたのが生活安全部少年課というところだ。不良の家庭訪問をすると一様に荒んでる。父親はぷー太郎か日雇いの呑んだくれ、母親はあばずれの水商売が通り相場だ。かならずしも金の問題じゃねえんだ。金があったって子供は家庭の細やかな愛情がねえとまともには育たねえ」
と言いながら南條は土岐と亜衣子の顔を交互に見た。
「お前らの家庭はまともだったようだな。明治になって西洋諸国の真似して処刑は残酷だということでだいぶ死刑が減った。そのせいでもねえだろうが犯罪はいつ迄たっても減らねえ。いずれにしてもこの土地は非業の死を遂げた人間の血で汚染されてる。だから高さ三メートル程の首切地蔵が建てられてる。杉田玄白や前野良沢が腑分けしたのもここだ。毒婦と言われた高橋お伝もここに葬られてる。お伝の墓は谷中の墓地の公衆便所の隣にもある。局部が切り取られて東大の医学部の地下に保管されてる。かなり大きかったらしい」
土岐は亜衣子の表情を盗み見た。不愉快そうな顔をしていると思った。南條の言った意味が理解できなかったのか平静を保っている。


