「でも他に、目撃者はいなかったんですか?いつかテレビのニュースかなんかで見たとき川岸沿いにダンボールハウスが、いっぱいあったような気がしたけど」
「あいにく、その日はホームレスにとっては年間二大イベントのひとつの日だった。当日、ビニールシートを持った一般人が大挙して花火を見に集まってくる。ホームレスにとっては絶好の稼ぎ時だ。やつらが使用するビニールシートやタッパーや食器や割り箸の大半はこの日に仕込む。あと、この辺のビルの屋上に潜り込んで近隣の住民に成りすまして一緒に飲み食いしたり、ついでに洗濯物を失敬したりする。当日、ほとんどのホームレスは稼ぎが忙しくて、出払っていた。とくに桜橋の下は空が見づらいから一般人も集まらない」「もうひとつの大イベントってなんですか」
「花見だ。土手沿いの木はみんな桜の木だ。四月には土手に一斉に桜が咲く。ホームレスの連中は酔いの回ったグループにまぎれ込んでご馳走をたっぷり食って瓶に残っている日本酒をかき集める。後片付けを手伝う振りをして大量のビニールシートをかき集める。あとは空き缶集め。リヤカー一杯かきあつめると相場によっちゃあ千円から五百円程度の現金収入が得られる。酔った勢いで脱ぎ捨てた上着も拾い集める。中には内ポケットに財布のあるのもあるからいい稼ぎになる。重箱や銘々皿なんかの食器集めも馬鹿にならない」
土岐が思い出したように、
「風邪って言いましたよね。平野敬子と同じじゃ?転落と風邪が」
「お前も気づいたか。偶然だろうとは思うが、とりあえず鑑識に平野敬子の検体からウイルスか風邪の菌が検出されるかどうかお願いはしといたが。ちゃんとやってくれているかどうかは、わからねえ」
と南條はあまり興味を示さなかった。南條は白鬚橋の中央で立ち止まった。土岐は灰色がかった薄いブルーの鉄骨の間から橋の眼下をのぞきこんだ。薄暗闇の中を黒革の大蛇がのた打ち回るようにゆっくりと流れてゆく。南條は時折突風のように走り抜ける川風に野球帽を押さえながら川下を指差した。
「あいにく、その日はホームレスにとっては年間二大イベントのひとつの日だった。当日、ビニールシートを持った一般人が大挙して花火を見に集まってくる。ホームレスにとっては絶好の稼ぎ時だ。やつらが使用するビニールシートやタッパーや食器や割り箸の大半はこの日に仕込む。あと、この辺のビルの屋上に潜り込んで近隣の住民に成りすまして一緒に飲み食いしたり、ついでに洗濯物を失敬したりする。当日、ほとんどのホームレスは稼ぎが忙しくて、出払っていた。とくに桜橋の下は空が見づらいから一般人も集まらない」「もうひとつの大イベントってなんですか」
「花見だ。土手沿いの木はみんな桜の木だ。四月には土手に一斉に桜が咲く。ホームレスの連中は酔いの回ったグループにまぎれ込んでご馳走をたっぷり食って瓶に残っている日本酒をかき集める。後片付けを手伝う振りをして大量のビニールシートをかき集める。あとは空き缶集め。リヤカー一杯かきあつめると相場によっちゃあ千円から五百円程度の現金収入が得られる。酔った勢いで脱ぎ捨てた上着も拾い集める。中には内ポケットに財布のあるのもあるからいい稼ぎになる。重箱や銘々皿なんかの食器集めも馬鹿にならない」
土岐が思い出したように、
「風邪って言いましたよね。平野敬子と同じじゃ?転落と風邪が」
「お前も気づいたか。偶然だろうとは思うが、とりあえず鑑識に平野敬子の検体からウイルスか風邪の菌が検出されるかどうかお願いはしといたが。ちゃんとやってくれているかどうかは、わからねえ」
と南條はあまり興味を示さなかった。南條は白鬚橋の中央で立ち止まった。土岐は灰色がかった薄いブルーの鉄骨の間から橋の眼下をのぞきこんだ。薄暗闇の中を黒革の大蛇がのた打ち回るようにゆっくりと流れてゆく。南條は時折突風のように走り抜ける川風に野球帽を押さえながら川下を指差した。


