祭りのあと

「問題はその女の子が多少泳げたということだ。泳げる人間が入水自殺をするとは考えられねえ。しかし飛び込んだ地点と思われる桜橋の上には彼女の靴が揃えてあり、肺の中からは隅田川の水が検出された。外傷もない。恋愛問題や進学問題で悩んでいたらしい。状況証拠から署は例によって事故化させようとし、実際そうなった。調書では事故か転落か自殺かは断定せずに着衣のま迄泳ぎづらかったこと、桜橋の中央から転落したので川岸迄泳ぎきれなかったこと、水面に叩きつけられたショックが強かったこと、生きようという強い意志のなかったこと、おまけに風邪をひいていて体力が弱っていたこと、薬を飲みすぎていたこと。そんなような後付の理由がまことしやかに添付されて落着した。高校三年生だったかな。花火大会の終わった後で、死亡推定時刻は午後十一時ごろだ。発見したのは隅田公園沿いでダンボール箱で小屋を作って寝泊りしていたホームレスだ。目撃はしなかったがドボンという音を聞いたと言っていた。最初は容疑者扱いされたが検挙するには証拠が何もなかった。事情聴取のあと帰したら蒸発した。元々住所不定だから蒸発と言うのも変だが。でもこのホームレスが不審な奴でデジタルビデオを持っていた。『ビデオが唯一の趣味で全財産をはたいて買った』とは言っていた。実際、録画したものを確認したら、花火が撮影されていた。
『はやくネットカフェで映像を見たい』というようなことを言っていた。まあ、あのくそ暑い夏にろくに風呂にもはいっていないようで、強烈な体臭だった。しかし、身なりはそれ程プー太郎っぽくなかった。その仏が流れ着いたのが墨田区側の東岸の桟橋で。桟橋と言っても橋はなく、コンクリートの船着場があるだけだが。その船着場も、石段が数段あるだけで、水位が下がると石段の下のほうで乗り降りする。ときどき大学のレガッタの競技があったりもする。ときどき練習もしている。そのホームレスもこちら岸だったんで、墨田署が扱う事案となったいきさつがある。だがその船着場は桜橋の上流にあるんだ。まあ、上流と言っても桜橋から五十メートルもないが、だから、仏は川岸に流されたのではなく、上流に向けてもがいて、川岸に漂着した。そこにホームレスが通りかかった」