亜衣子は艶やかなストレートの髪を前後に揺らす。小刻みに幾度もうなずいた。うなずくとき少し首を斜めに傾ける癖があった。
 亜衣子に先導されて土岐は部屋の中央にある四角い作業テーブルについた。二メートル四方程の作業テーブルの角を挟んで斜めに向き合って座った。亜衣子はテーブルの中央に用意してあったA4の契約書を差し出した。ワープロ印字のうち画数の多い漢字の一部が潰れかかっていた。臨時雇用契約書というタイトルで、10ポ程度の大きさの文字がぎっしり並んでいた。
 亜衣子は契約書を回収すると別の文書を差し出した。表題に二〇ポのボールド印字で、未成年者の事故死に関する統計調査とあった。
「道府県警に未成年者の事故死に関するデータがあります」
と亜衣子は説明を始めた。隣の机を指差す。
「お願いしたいのはこのデータを統計的に処理することです。そのパソコンがあいてるので」
 昼食は近所のイタリアン・レストランに行った。深野が亜衣子を誘った。三人連れになった。店は交通量の多い表通りの狭い階段の上にあった。バールという洗濯板の看板が掛かっていた。表面の粗い手すりを掴んで階段を上る。店は二十人も入れば一杯になる狭小なレストランだ。表通りが全面硝子張り。黄緑の唐草のような紋様がペイントされている。警察統計研究所のこんもりとした緑を通り越しに望める。表通りの反対側の壁一面のラックにワインボトルが並んでいた。料理のメニューは壁に張られた黒い模造紙に白墨で書かれていた。三人とも本日のランチメメニューから、あさりスープとバジリコ・スパゲッティと地中海サラダのランチBを注文した。
 深野の顔が少し真面目なモードに変わった。
「アルバイトの作業だけど君の統計処理は未成年者の事故死対策審議会の審議資料として使われることになってる。年度末の予算処理の一環ではあるけど。だから単なる統計処理でなくって政策提言的な統計処理が求められてる。ドラフトを提出した段階で総務省か厚労省の役人が追加作業を要求してくるとは思う。その前にプレゼンで出向かなきゃならないが。そんな作業を君がやったことがあるとは思えないんで具体的にどういう統計処理をやればいいのかは能美君のアドバイスを受けながらやってほしい」
と言う説明に亜衣子が上目づかいで深野の様子を伺うように、