祭りのあと

と言いながら南條は名詞の裏に携帯番号をボールペンで書き込んだ。
「この不景気で、亭主の町工場も思わしくなくって。その上、都銀の貸しはがしにあって、会社もいつ迄もつのやら」
という女の哀訴を振り切るようにして南條は立ち上がった。二人ももそれに続いた。玄関で最初に南條が草臥れた革靴にプラスティックの靴べらをあてた。野球帽を既に被っていた。亜衣子がローヒールのパンプスに足を滑らした。最後は土岐になった。女が先刻の部屋から出てこないので振り返って、その部屋を柱と襖の僅かな間隙からのぞき見た。女は香典の袋の中身を見ていた。思わず土岐は背筋に冷たいものが走るのを覚えた。土岐がスニーカーを履き終えると、南條と亜衣子は既にコンクリートの回廊に出ていた。三人とも玄関の外に出ようとするとき、中年女がやっと部屋から出てきた。
「それじゃ、失礼します。おじゃましました」
と土岐が代表する形で別れの挨拶をした。女は少し頭を下げた。土岐が回廊に出るとドアノブを強く引いた。鉄のドアが勢い良く閉じられた。チャリチャリというチェーンが施錠される音が聞こえた。エレベータに向かって歩き出すと亜衣子が息せき切って話し出した。
「あのぬいぐるみ見た?ミッキーとミミーとスノーホワイトと7人の小人とドナルドダックと、沢山いたでしょ。これで、繋がったわ!」
 南條の足が止まった。
「それはどういうことだ?」
「仮説が検証されたんです。こじつけのような気がするけど」
と土岐が亜衣子の反応を目の端でうかがいながら説明した。
「なんだ、それ?お祭りのあと仮説って?」
と言いながら南條はダスターコートに突っ込んだ両手を下腹の前あたりで合わせた。
「お祭りがあると未成年女子の自殺が増えるんです。とくにCDL開園のあと、有意に東京と千葉で未成年の女子の自殺が多発しているんです。敬子はCDLに行っているんです。しかも、多分、数回」と亜衣子は身振り手振りで得意げに話した。
「そういうのを牽強付会てえんだ。何のことだかさっぱり分からん」と南條が眉根に深い縦皺を寄せた。そこで土岐が二人をエレベータホールに誘導し亜衣子の直感を解説した。