祭りのあと

 硝子張りの扉の中に受付の部屋がある。式場はその奥の部屋だ。受付のテーブルの前に四角い顔の眉毛の太い中年男が座っていた。目線が合いそうになった。土岐は慌ててその式場から次の式場に歩いて行った。亜衣子はそれに気付かずに、相変わらず奥の部屋の式場を眺めていた。隣の式場の前で土岐は立ち止まり、亜衣子を手招きした。亜衣子がそれに気付くのに、一分ばかりを要した。
「こんな閑散としてるんじゃ、まぎれ込むわけにはいかないわね」
とダウンコートの下の白いブラウスの肩をすくめながら顔を式場に向けたまま亜衣子は土岐の方に近寄ってきた。
「こんなに会葬者が少ないということは、父親の経営する町工場の羽振りがあんまりよくないということかな」
 二人はその斎場に十分もいなかった。
 日比谷線で研究所に行った。深野に報告したのは亜衣子だった。
「あんまり首を突っ込まないでくれ。統計研究所で雇われているんだから。少女の家に行くことは構わないけど、勤務時間外にしてくれるかな。その代わり、香典は僕のポケットマネーから出そう」
と深野は不愉快そうに眼だけで笑いながら言った。

5 粋な黒塀

 水曜は統計資料の取りまとめに終始した。昼食はコンビニ弁当にした。不祝儀袋を買うついでに唐揚弁当を買ってきた。終業の5時少し前に調査報告書が大体出来上がった。第1次草稿をカラープリンターでプリントアウトし、深野に提出した。統計表と図表がメインで、コメントは簡潔にまとめた。A4で30頁程になった。
 5時迄に少し時間があった。亜衣子に目配せして土岐は南條の携帯電話にかけてみた。敬子の都営団地の部屋番号を聞くためだ。南條は呼び出し音が鳴ってから十数秒で出てきた。
「はい、南條」
というしわがれ声が聞こえてきた。風体よりは十歳位若い声だった。
「土岐です。昨日葬儀に参列できなかったんで彼女の家にお線香を上げに伺おうと思ってるんですが部屋番号を教えてもらえます?」と土岐が最後迄言い切らないうちに南條の返答があった。
「八○五だよ。8階だ。ところでいまどこ?」
「統計研究所です」
「じゃ6時頃都営団地のテニスコートで落ち合おうか」
という南條の申し出に土岐は声を弾ませ、
「一緒に行っていただけるんですか」
「うん、ちょっと、引っかかることがあってね」
「6時にテニスコート」
という土岐の声で亜衣子は状況を察した。