と亜衣子が話を合わせた。いつの間にか青空が消えていた。いまにも氷雨が降りそうな薄墨色の曇り空になった。明治通り一帯の空気が、どんよりと重く澱んでいる。灰色がかった鈍重で沈うつな工場の多い町並みだった。
「なんとなく気が重くなる町だ。陰々滅々というか」
と言いながら横断歩道のない通りを千鳥足で歩く日雇い労務者風の男を土岐は注視していた。亜衣子は不愉快そうに見て見ぬ振りをしていた。一歩先を歩く亜衣子の足を土岐は拗ねたような声で止めた。
「僕、黒いネクタイしてないし香典も持っていないけど」
「けど?」
と亜衣子が振り向きざまに突慳貪に問い詰めた。少し上目使いだ。
「だって、葬儀に手ぶらで、しかもスニーカーじゃ行けないでしょ」と言う土岐の指摘に亜衣子は立ち止まった。その傍らを労務者風の真っ黒に日焼けした老齢の男が、亜衣子の体を嘗め回すように見ながら通り過ぎた。土岐に対しては吐き捨てるように一瞥して行った。
「明日お宅の方に出直す?そのほうがお話をじっくり聞けるかも」と言う亜衣子の声に土岐は安堵の笑顔を浮かべた。寒いし、歩くのが苦痛になっていた。足の裏が少し痛くなってきていた。
「明日なら香典も研究所から出るかも」
と土岐は先刻から考えていたセリフを快活に吐いた。
「せっかくここ迄きたんだから葬儀を外からでも見てみない?」
と帰る気分になっていた土岐の足を亜衣子が引き止めた。
「そう?外からね。まあ、知っている人もいないことだし、通りががりのような顔をしてのぞいてみるか」
と土岐はすんなりとした気分ではなかったが亜衣子の未練に従うことにした。二人で都電の座席に腰掛け窓外の景色をもの珍しそうに見渡しているうちにチンチンと鈴がなって発車した。荒川七丁目を出たところで右手に町屋斎場の建物が見えた。町屋駅前には二三分で到着した。駅から尾竹橋方面に少し歩いて右折して三分程すると斎場の駐車場と三階建ての建物が見えてきた。駐車場に面して同じ式場がいくつも並んでいた。それぞれの式場の外に火葬される人の名前が書かれていた。中程の式場前に、
〈平野敬子葬儀告別式〉
の文字があった。二人はその式場の前で、硝子扉の中を窺った。
「ずいぶん人が少ない」
と言う亜衣子に同調して土岐もうなずいた。
「お父さんが零細な町工場の経営者だからかな。なんかさみしいね」
「なんとなく気が重くなる町だ。陰々滅々というか」
と言いながら横断歩道のない通りを千鳥足で歩く日雇い労務者風の男を土岐は注視していた。亜衣子は不愉快そうに見て見ぬ振りをしていた。一歩先を歩く亜衣子の足を土岐は拗ねたような声で止めた。
「僕、黒いネクタイしてないし香典も持っていないけど」
「けど?」
と亜衣子が振り向きざまに突慳貪に問い詰めた。少し上目使いだ。
「だって、葬儀に手ぶらで、しかもスニーカーじゃ行けないでしょ」と言う土岐の指摘に亜衣子は立ち止まった。その傍らを労務者風の真っ黒に日焼けした老齢の男が、亜衣子の体を嘗め回すように見ながら通り過ぎた。土岐に対しては吐き捨てるように一瞥して行った。
「明日お宅の方に出直す?そのほうがお話をじっくり聞けるかも」と言う亜衣子の声に土岐は安堵の笑顔を浮かべた。寒いし、歩くのが苦痛になっていた。足の裏が少し痛くなってきていた。
「明日なら香典も研究所から出るかも」
と土岐は先刻から考えていたセリフを快活に吐いた。
「せっかくここ迄きたんだから葬儀を外からでも見てみない?」
と帰る気分になっていた土岐の足を亜衣子が引き止めた。
「そう?外からね。まあ、知っている人もいないことだし、通りががりのような顔をしてのぞいてみるか」
と土岐はすんなりとした気分ではなかったが亜衣子の未練に従うことにした。二人で都電の座席に腰掛け窓外の景色をもの珍しそうに見渡しているうちにチンチンと鈴がなって発車した。荒川七丁目を出たところで右手に町屋斎場の建物が見えた。町屋駅前には二三分で到着した。駅から尾竹橋方面に少し歩いて右折して三分程すると斎場の駐車場と三階建ての建物が見えてきた。駐車場に面して同じ式場がいくつも並んでいた。それぞれの式場の外に火葬される人の名前が書かれていた。中程の式場前に、
〈平野敬子葬儀告別式〉
の文字があった。二人はその式場の前で、硝子扉の中を窺った。
「ずいぶん人が少ない」
と言う亜衣子に同調して土岐もうなずいた。
「お父さんが零細な町工場の経営者だからかな。なんかさみしいね」


