「それから、お前らにふることもあっから、聞くことを考えとけよ」と南條は隣の部屋に移動してドアフォンを押した。土岐と亜衣子は急いでアルコープの外に隠れた。でっぷりとした中年女が出てきた。南條が質問する前にしゃべりまっくった。
「何かあのお宅大変みたいですよ。旦那の会社が左前で奥さんのスナックも客足が延びないみたいで親子関係もうまく行ってないみたいで。身投げしたくなる気持ちが分からないでもないような感じ」
「他に、何か、最近変わったこととかありませんでしたか?」
「他の人から聞いたんだけどあの女の子援助交際してたみたいだって。中年のおじさんと一緒に歩いているのを見たって言ってたわ」「目撃したのはどこの部屋の人ですか?」
「このフロアの3軒先の人。聞いたのはお母さんからだけど目撃したのはフリーターやっている息子だって。お母さんは浪人してるって言ってるけど。勉強してる感じはないし。あの息子、昼夜逆の生活してて夜中にファミレスとかコンビニをうろうろしてて。ここひと月くらいの間に夜中に見たそうよ。でも、その女の子が飛び降りた女の子かどうか。疑わしいけど。なんとなく信用の置けない息子だから。注目を集めたくって、いい加減なことを言っているのかも」
「そうですか、貴重な情報をどうも」
と南條が言いかけたとき、土岐が顔を出して、その中年女と目が合ってしまった。土岐は仕方なく、通行人を装って、アルコープの前の通路を通り過ぎた。中年女が名残惜しそうにドアを閉じると南條の表情が生き生きとしていた。
「この情報はヒットかも知れねえ」
と言いながら途中の2軒を飛ばして、3軒目のドアフォンを押した。数秒待っても応答がなかった。南條はもう一度押した。さらに数秒たって、もう一度押した。それから二三秒してやっと返答があった。
「なんですか?」
と言う若い男の寝ぼけたような声がした。
「墨田署の者です。日曜の飛び降りについて聞き込みをしています」
「何も知らないですよ」
「テレビ局の女性も取材したいということなんですが」
と南條が亜衣子を手招きした。亜衣子はインターフォンに口を近づけて、
「すいません、テレビ局の者ですが先日の飛び降りについて取材させていただきたいんですが」
と精一杯の艶っぽい声でお願いした。南條は右手の親指を立てて満足そうににやついている。ドアチェーンをはずす音がした。