祭りのあと

が署内の誰も俺の言うことなんか聞いちゃくれない。組織をうとんじる者は組織からもうとんじられる。身から出た錆だ」
と南條は寂しそうに肩を落とした。南條の口の悪い威勢の良さは影を潜めていた。歴史に残るかも知れない大事件の解決の糸口を探し当てたのに南條の表情に晴れがましさはなかった。謝罪しても謝罪しきれないというような憂鬱な気分が眉間のあたりに漂っていた。最後に腹の奥底から搾り出すように言った。
「藤村の『破戒』を読んだことがあるか?」
「中学か高校の読書感想文の夏休みか冬休みの課題図書だった」
「俺は瀬川丑松だ」
と南條は土岐の反応を横目で窺った。土岐は足をとめた。その足に釘を刺すように南條が言い放った。
「我は穢多なり」
 思わず土岐は南條の顔をまじまじと見た。何の気負いも何の悲壮感も感じられなかった。しかしいつになく清明な表情に見えた。土岐は何も言えなくなっていた。ただ黙って歩き出した。南條に何も聞こうとはしなかった。土岐自身に部落出身者に対する差別意識は全くないし、かりにそうであったとしても差別しようとは思わなかった。土岐が差別すべきと思うのは差別する側の人間たちだった。
              
              〈完〉